ナラティブセラピー(物語療法)とは、人が自分の人生について語る「物語(ナラティブ)」に注目し、問題に支配された物語から、その人が望む新しい物語を、セラピストと一緒に描き直していく心理療法です。1980年代に、オーストラリアのマイケル・ホワイトとニュージーランドのデイヴィッド・エプストンらによって発展しました。
みなさん、こんにちは。公認心理師・臨床心理士の長田洋和と申します。元専修大学教授で、こちらの初学者向け心理学講座のコラムの監修に携わっています。今回は「ナラティブセラピー」について解説していきます。

当コラムはシリーズの1本目として、ナラティブセラピーの考え方と主な技法、効果に関する研究を紹介します。目次は以下の通りです。
①ナラティブセラピーとは
ナラティブ(narrative)は、「語り」や「物語」という意味です。まずは、ナラティブセラピーが「物語」に注目する理由を確認しましょう。
ナラティブの意味
ナレーションやナレーターという言葉は、なじみがあると思います。ナラティブは、日本語では「語り」「物語」と訳されます。一人で話す独り言とは違い、聞き手がいて、何かを伝えることを目的とした語りを指します。
人生は物語でできている
私たちは、自分の経験を、ばらばらの出来事としてではなく、つながりのある物語として理解しています。「私は昔から人付き合いが苦手で、いつも失敗してきた」というように、出来事に意味をつけ、自分についての物語をつくっているのです。
ナラティブセラピーでは、こうした物語が、その人の自分の見方や生き方に大きな影響を与えると考えます。そして、問題ばかりが強調された物語を、その人が望む物語へと書き直していくことで、生き方そのものが変わっていくことを目指します。

主役はその人自身
ナラティブセラピーでは、相談に来た人こそが、自分の人生の専門家だと考えます。セラピストは、助言を与える専門家としてではなく、質問を重ねながら、新しい物語を一緒に描く「共同著者」として関わります。その人を責めたり、「ダメな人」というレッテルを貼ったりしないことを、特に大切にしています。
②生まれた背景
ナラティブセラピーは、家族療法の流れの中から生まれ、哲学や心理学のさまざまな考え方の影響を受けて発展しました。
ホワイトとエプストン
ナラティブセラピーを確立したのは、オーストラリアのソーシャルワーカーで家族療法家のマイケル・ホワイト(White, M.)と、ニュージーランドのデイヴィッド・エプストン(Epston, D.)です。2人は1990年に、ナラティブセラピーの考え方をまとめた著書[1]を出版しました。
2人は、フランスの哲学者フーコーや、アメリカの心理学者ブルーナーなどの考え方から影響を受けています。
社会構成主義の考え方
ナラティブセラピーは、「社会構成主義」と呼ばれる考え方を土台にしています。これは、私たちが「現実」だと思っているものは、言葉や人との関わりの中でつくられている、という考え方です。
例えば、「自分はダメな人間だ」という見方も、周りから言われた言葉や、社会の「普通」の基準の中でつくられてきたものかもしれません。そうであれば、別の言葉や関わりによって、新しい見方をつくり直すこともできるはずです。ナラティブセラピーは、この考え方を心の支援に活かしています。

③主な技法
ナラティブセラピーでは、問題に支配された物語を書き直すために、いくつかの特徴的な技法を使います。
ドミナント・ストーリー
その人の人生を支配している、問題に満ちた物語を「ドミナント・ストーリー(支配的な物語)」と呼びます。「私はいつも失敗する」「私はダメな親だ」といった物語です。この物語に当てはまらない経験は、見過ごされやすくなります。
問題の外在化
「人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」という考え方にもとづき、問題をその人の性格や本質から切り離して、外側にあるものとして扱います。例えば、「私は心配性だ」ではなく、「『心配』が私の生活に入り込んでいる」と捉え直します。詳しくは、シリーズの外在化技法とはで解説しています。
影響相対化質問
「問題があなたにどんな影響を与えているか」と、「あなたが問題にどんな影響を与えているか」の両方を尋ねる質問です。問題に振り回されているだけでなく、問題に抵抗してきた自分の力にも気づいていきます。
ユニークな結果
ドミナント・ストーリーに当てはまらない、例外的な出来事のことを「ユニークな結果」と呼びます。「いつも失敗する」と思っていた人にも、うまくいった経験があるはずです。この言葉は、社会学者ゴフマンの用語から取り入れられました。
オルタナティブ・ストーリー
ユニークな結果をつなぎ合わせて、その人が望む新しい物語をつくっていきます。これを「オルタナティブ・ストーリー(もう一つの物語)」と呼びます。この新しい物語を、セラピストとその人が一緒に描いていくことが、ナラティブセラピーの目標です。

④セラピーの流れ
ナラティブセラピーは、決まった手順があるわけではありませんが、おおむね次のような流れで進みます。
物語を語る
まず、相談に来た人が、自分の悩みや人生について語ります。セラピストは、ただ聞くだけでなく、好奇心を持って質問を重ね、その人の物語を丁寧に聞いていきます。
問題を外在化する
問題に名前をつけ、その人から切り離して扱います。問題がその人の生活にどんな影響を与えているかを、一緒に探っていきます。
例外を探して書き直す
問題に負けなかった場面や、問題に抵抗できた経験(ユニークな結果)を探し、それをつなげて新しい物語を描きます。この作業は「再著述(リ・オーサリング)」と呼ばれます。新しい物語は、手紙や証明書などの形で書き残し、周りの人と分かち合うこともあります。
⑤事例で見る変化
ナラティブセラピーで物語がどのように変わっていくかを、理解のために作成した架空の事例で見てみましょう。
「人付き合いが苦手」な人の事例
ドミナント・ストーリー:「私は昔から人付き合いが苦手で、職場でも浮いている」
外在化:「『緊張』が、人と話すときにいつも邪魔をしてくる」
影響相対化:「『緊張』のせいで、飲み会を断ってきた。でも、仕事の打ち合わせでは、緊張に負けずに話せている」
ユニークな結果:「趣味の写真サークルでは、自分から話しかけられた」
オルタナティブ・ストーリー:「私は、緊張に邪魔されながらも、好きなことを通じて人とつながれる人だ」
事例から分かること
事例の人は、「人付き合いが苦手な私」という物語から、「緊張に邪魔されながらも、人とつながれる私」という物語へと、自分の見方を書き直しました。問題がなくなったわけではありませんが、問題との関わり方が変わり、自分らしい行動を選びやすくなっています。
⑥効果と研究
ナラティブセラピーは、客観的な効果の測定よりも、その人の語りや意味を大切にする立場から生まれました。それでも近年は、効果を調べる研究も行われています。
研究の紹介
例えば、シャケリら[2]は、アンフェタミンへの依存がある人を対象に、グループでのナラティブセラピーの効果をランダム化比較試験で調べ、抑うつや不安の軽減、生活の質の向上を報告しています。
また、ボードワンら[3]は、子どもの社会性や感情のスキルの発達に、ギャバゾウら[4]は、夫婦関係の満足度が低い女性の、夫婦間のコミュニケーションの改善に、ナラティブセラピーが役立ったことを報告しています。
研究を読むときの注意
ただし、ナラティブセラピーの研究は、対象の人数が少ないものや、特定の国や対象に限られたものが多く、効果については、まだ研究の積み重ねが必要です。どの心理療法が合うかは人によって違うため、専門家と相談しながら選んでいきましょう。
⑦確認してみよう
ここまでの内容を、3つの問題で確認してみましょう。答えを考えてから、正解と解説を開いてください。
問題1
ナラティブセラピーで、セラピストはどのような立場で関わるでしょうか。
ア 答えを教える専門家
イ 新しい物語を一緒に描く共同著者
ウ 問題を診断する検査者
問題2
問題をその人の性格から切り離し、外側にあるものとして扱う技法を何と呼ぶでしょうか。
ア 外在化
イ 再評価
ウ 脱感作
問題3
問題に満ちた物語に当てはまらない、例外的な出来事を何と呼ぶでしょうか。
ア ドミナント・ストーリー
イ ユニークな結果
ウ 未完了の問題
⑧まとめ
ナラティブセラピーは、問題に支配された物語から、その人が望む新しい物語を、セラピストと一緒に描き直していく心理療法です。その人こそが人生の専門家であるという考え方を大切にしています。
今回のポイント
人生は、出来事をつなぐ「物語」として理解されている
問題を外在化し、人と問題を切り離す
ユニークな結果を探し、新しい物語を描く
セラピストは、その人と一緒に物語を描く共同著者
哲学的な背景があるため、とっつきにくく感じるかもしれませんが、理論を理解しておく必要はありません。皆さんが自分なりの語りを通して、人生に価値を見いだし、充実した生活を送られることを願っています。
シリーズの続きを読む
ナラティブセラピーシリーズでは、外在化の技法と、一人でもできるワークを詳しく解説しています。
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監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連



