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ナラティブ・セラピー,意味,とは,手法

ナラティブ・セラピーの意味,技法

みなさん、こんにちは。公認心理師・臨床心理士で元専修大学教授の長田洋和と申します。私は,こちらの初学者向け心理学講座のコラムの監修のようなものをしています。今回は「ナラティヴ・セラピー」について解説していきます。

ナラティブセラピー

ナラティブセラピーとは

ナラティブの意味とは

英語では、narrative というスペルです。ナレーションとか、ナレーターって言葉はなじみがあると思います。日本語では、「語り」とかに訳されたりしますが、そのまま、ナラティブということが多いです。

「対話」はダイアローグ、「会話」はカンバセーションです。ナラティブは、「独話」=モノローグに近いですが、勝手に一人でしゃべっているのではなくて、「聞き手」が存在します。何かを「伝える」ことが目的になっているので、モノローグとは異なります。

ナラティブ・セラピー

ナラティブ・セラピー、別名物語療法は、自身のことについて「語り」、その「語り」を変容させるトレーニングをすすめていくことで、自身のメンタルヘルスを向上させることができます。その結果、その人自身の人生すら良い方向に変わっていきます。

特別なスキルが必要なわけではなく、その人自身が潜在的にもっている力によって変わるとされます。ナラティブ・セラピーは、診断の有無を問わず、様々な場で用いられ、その目的は、シンプルにその人自身のコントロール感(cf. 統制の所在;locus (loci) of control)とウェルビーイングを向上させることにあります。

経験に意味を持たせる

ナラティブセラピーでは、一つ一つのテーマがお互いに絡み合っている状況を説明していきます。言い換えれば「物語=語り」となるわけです。私たちのアイディンティティ(人となり/「自分(自我)」)は、私たち一人一人の人生の中での経験から成り立っています。

ナラティブは本質的には、そうした経験に意味を持たせるために用いられます。当然、一人ひとり全く違った観点からの独自のナラティブが生まれます。それらは、時にとてもパーソナルなテーマ―単なる経験だけでなく、特技、性格、悩み、夢、興味、対人関係-の語りなのです。

 

ナラティブアプローチ, mizuiro68様作成

ナラティブ・セラピーの歴史

心理療法以前

ナラティブは、そもそも、何年も前から人が何か大事なことを後世に伝えたいと思った時の「語り」としての重要なコミュニケーション手段だったのです。

口伝(くでん)、伝承は(古事記の稗田阿礼とか有名ですね)も、「語り」であったので、ナラティブかもしれませんね。古事記もそうですが、古代文明に残されている文字(のような)で何か伝えているのは「語り」を紙や壁に書いた(描いた)ものです。

その他、様々な文化で世界中でナラティブは、広く用いられているのですが、これが、セラピーにも用いられてきたわけです。

心理療法への展開

ナラティブ・セラピー(narrative therapy, narrative practice)は、1970~80年代に発展してきたといわれていますが、セラピーとして確立したのは、ニュージーランドのソーシャルワーカーである、ホワイト (White, M.) とエプストン (Epston, D.) [1]とされています。

ホワイトとエプストンがナラティブ・セラピーを確立していく中で、影響を受けたとされる人物は、フランスの哲学者フーコー(Foucault, M.)、アメリカの認知心理学者ブルーナー(Bruner, J.)、そしてロシアの発達心理学者ヴィゴツキー(Vygotsky, L.S.)です。どの人物もとても有名ですね。

フーコーらはポストモダニズムの考えを広めた人物です。この意味で、ナラティブ・セラピーも、ポストモダニズムの影響をつよく受けています。

ポストモダニズムの影響

ポストモダニズム―聞きなれない言葉かもしれないですが、要は、大前提として「客観的現実(objective reality)」や「絶対的真実(absolute truth)」は存在せず、そして、その代わり、私たちは、自身の手で「己の真実(own truth)」を生み出し、作り出すことができるという考えです。

ポストモダニズムの考えでは、言葉が現実に影響を与える、つまり、自身についての「物語=語り」と生きている世界が現実とその中での自身の経験に影響を与える、とされています。すなわち、私たちは、異なる「語り」を作り出せれば、私自身を変えることができる、ということを意味しています。 

物語療法,紫ぴんく様作成

やり方,手法

再オーサリング

ナラティブ・セラピーでは,セラピストは助言・アドバイスをするのではなく,その人との共同作業を行うという姿勢で臨みます。ホワイトによると,その人が問題を評価すること,その人の人生においての発達を明らかにするために,その人の問題となっているストーリーを語り描くことを求められる,としています。

その人自身について,その人のアイディンティティについて,ストーリーを描いてもらいますが,なぜなら,そのストーリーを描く作業がその人にとても役に立つからなのです。

この作業を「再オーサリング,または再ストーリー化」と言います。再オーサリングによって,その人自身の価値を,その人が持っている知識とスキルを自覚し,その後の人生を歩んでいくことにつながるのです。

セラピストは,積極的姿勢をもってその人の話を聞(耳を傾ける)/訊(き)(訊(たず)ねる)いていきます。この作業プロセスを通じて,その人の価値ある人生を作り上げていくことで,その人とセラピストが,その人の新たなストーリー(語り,物語)の「共著者」になるのです。

このプロセスはナラティブ・セラピーにおいてとても重要なので,その人自身についてできるだけ語ってもらうようにします。その人の個性的なストーリーによって,その人にとって何ができるのかを決められるからです。

 

外在化

ナラティブ・セラピーでは,アイデンティティがとても重要となります。ナラティブ・セラピーの目的は,その人の抱えているであろう問題やこれまでに犯した過ちをアイデンティティの一部としてしまうことではありません。

少し哲学的な話になりますが,モダニスト(現実主義者)やエッセンシャリスト(本質主義者)−つまり,世の中の事象で存在するもの,そのものが現実であり本質であるとする人たち−が考える自己(セルフ)は,生物学的に決められているものこそが「真の自己」であり「真の本質」なのです。

しかし,ナラティブ・セラピーでは,そうした決定論的な自身(セルフ)の考えを積極的に避ける試みをします。そして,対人関係,社会的関わりの中でアイディンティティを見つめ,その人の選択により変えられると考えるのです。その人が抱えている目の前の問題からアイデンティティを切り離すために,ナラティブ・セラピーでは外在化というテクニックを用います。

外在化によって,その人は,その人が抱える問題との間の関係について考えることになります。その人の長所や持てる力も外在化されるので,自分が望むアイデンティティを作り出し,そのアイデティティに基づいて行動するように進むことができるのです。

外在化では,問題を明確にすることになるので,その人は,その人の人生に影響する問題を評価し,問題が人生にどのように働いてしまっているのかを分析することで,問題との関わり方を選択することができるようになるのです。

 

影響相対化質問

ナラティブ・セラピーでは,その人のドミナント・ストーリーの中で,セラピストが質問をしていきます。直接的質問もあれば,間接的質問もあります。ただ,セラピストはその人の語りを受動的に聞いているのではなくて,訊くということは先にもお話しした通りです。

その中で,問題となっている現実に対して,その人の言葉で,客観的に見れるように,つまり,外在化するように,質問をするのです。影響相対化質問法を用いることで,外在化につながる訳でです。

問題が外在化できれば,セラピストは,外在化された問題をその人と共有しつつ,次のステップ,すなわち,物語の再構成を行い,その人にとってもオルタナティブ・ストーリーを共同して作っていけるのです。

ちなみに,公認心理師の国家試験にも,以下のような,ナラティブ・セラピーに関する問題が出ています。興味がある方は解いてみてください。

ナラティブ・アプローチに基づく質問として、最も適切なものを1つ選べ。
① その出来事が起こったとき、どのような考えが頭をよぎりましたか。
② 今話されていたことですが、それを今ここで感じることはできますか。
③ その罪悪感は、どのようにお母さんとの関係を邪魔しているのですか。
④ 寝ている間に問題が全て解決したとしたら、どのように目覚めると思いますか。

③が,影響相対化質問法による質問(反省的質問)(その人にとっての,母親との関係を悪くしている「罪悪感」を外在化しようとしている質問)ですので,正解は③になります。ナラティブ・セラピーは,公認心理師にとっては,必須なのかもしれません。

 

ユニークな結果/結末(unique outcomes)

「ユニークな結果(unique outcomes)」あるいは問題の中の例外についてもフォーカスします。この「ユニークな結果(問題の中の例外)」は,その人の「問題のあるストーリー」では想定外のもので,オルターナティブ(別の)なストーリーにつながるものとなります。ちなみに,このユニークな結果という用語は,社会学者・社会心理学者であるゴフマン(Goffman, E.)による用語です。

オルタナティブ・ストーリー

その人のドミナント・ストーリーを再構築し,置き換えた(代替となる)物語(オルタナティブ・ストーリー)を描くことで,最善の解決法が見出せるはずです。これまでお話ししてきました,ドミナント・ストーリー(思い込んでいる問題のある,その人の語り・物語),影響相対的質問(反省的質問),問題の外在化,ユニークな結果から,オルタナティブ・ストーリーを,その人とセラピストが共同して,一緒に作り出していくことが,ナラティブ・セラピーの最終目標とも言えるものです。

ナラティブセラピー,紫ぴんく様作成

 

効果とエビデンス

エビデンス・ベイストと相反

1970年代には,精神科医療は,精神分析が席巻していました。今でも,ある一定の年齢以上のセラピストは,心理師,医師などを含め,精神分析を自身の主流にしている人が多いのは,その名残です。

1990年代以降,特に医療の分野では,根拠に基づく医療(エビデンス・ベイスト・メディスン;Evidence Based Medicine (EBM))の必要性が強く謳われるようになり,欧米では,精神分析を,効果のある精神(心理)療法から外す動きが見られました。

認知行動療法などは,EBMの流れを汲む,エビデンス・ベイスト・プラクティス(EBP)としての心理療法ですね。その他,ダイコミュのコラムで紹介してきました様々な心理療法の大多数は,EBPなのです。

EBPは,いわば客観的現実を重視する,モダニズム/エッセンシャリズムが背景にあることはお分かりだと思います。対極をなす,ポストモダニズム(社会構成主義)に立脚するのがナラティブ・セラピーなので,EBPとは相反するものとも言えます。

効果研究

EBPとは対極をなすので,エビデンスの話は,矛盾しているような感じもしますが,ナラティブ・セラピーは,様々なメンタルヘルスの問題(発達障害;神経発達症を含む)に対して効果があるというエビデンスがあります。例えば,

  • 不安
  • アタッチメントの問題
  • ADHD(注意欠如・多動症)
  • うつ病
  • 摂食障害
  • PTSD(心的外傷後ストレス障害)

などです。

ナラティブ・セラピーでは,その人をリスペクトし,決して責めず,その人こそがエキスパートである,という原則に立ちます。総じて,ネガティブな経験,考え,情緒・感情に苛(さいな)まれてる,押しつぶされそうになっている人になら誰にでも,効果があります。

ナラティブ・セラピーでは,その人自身の「声」に気づくだけでなく,「声」を良い方向へ向かわせ,自身が人生のエキスパートになり,自身の方法で,力で,目標に向かって自身の価値観で人生を歩んでいく手助けとなるのです。

個人セラピーだけはなく,カップルセラピー,家族療法で用いても効果があります。ナラティブ・セラピーでは,その人に「ダメ人間」のレッテルを貼らないこと,社会の中で弱者であると思わせ得せるようなことは絶対にしないことを特に強調します。

上記のメンタルヘルスの問題では,例えば,ナラティブ・セラピーを受けた人は,自身のQOL(Quality of Lige;生活の質)が改善し,不安やうつ症状が軽減したという研究報告 [2]があります。また,子どもの共感性,問題解決能力,ソーシャルスキルの発達に効果があったという研究[3]もあり,さらに,婚姻状況の満足度が向上したという研究報告 [4] もあります。

まとめ

最後まで御覧頂きありがとうございます。哲学的な背景があるので、とっつきにくく感じるかもしれませんが、このような理論的背景を理解することは必要ありません。

セラピスト(公認心理師/臨床心理士、ソーシャルワーカー、看護師など)が、ナラティブ・セラピーの理論をクライエント(相談者)自身の状況に応じて、明確に、難しいことはなしに、ガイドしてくれるはずです。

皆さんが自分なりの語りを通して、人生に価値を見出し、充実した生活を送られることを願っています。

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監修

名前

川島達史


経歴

  • 公認心理師
  • 精神保健福祉士
  • 目白大学大学院心理学研究科 修了

取材執筆活動など

  • NHKあさイチ出演
  • NHK天才テレビ君出演
  • マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
  • サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」


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元専修大学教授 長田洋和

名前

長田洋和


経歴

  • 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
  • 東京大学 博士 (保健学) 取得
  • 公認心理師
  • 臨床心理士
  • 精神保健福祉士

取材執筆活動など

  • 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
  • うつ病と予防学的介入プログラム
  • 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

臨床心理士 亀井幹子

名前

亀井幹子


経歴

  • 臨床心理士
  • 公認心理師
  • 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
  • 精神科クリニック勤務

取材執筆活動など

  • メディア・研究活動
  • NHK偉人達の健康診断出演
  • マインドフルネスと不眠症状の関連

・出典
[1]White, M., & Epston, D. (1990). Narrative Means to Therapeutic Ends. New York: W.W. Norton & Company.
 
[2]Shakeri, J., Ahmadi, S.M., Maleki, F., Hesami, M.R,, Parsa Moghadam, A,, Ahmadzade, A., Shirzadi, M., & Elahi, A. (2020). Effectiveness of group narrative therapy on depression, quality of life, and anxiety in people with amphetamine addiction: A randomized clinical trial. IranIian Journal of  Medicical Science, 45, 91-99.
 
 
[4]Ghavibazou, E., Hosseinian, S., & Abdollahi, A. (2020). Effectiveness of narrative therapy on communication patterns for women experiencing low marital satisfaction. Australian & New Zealand Journal of Family Therapy, 41, 95-207