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EMDR法の意味とは,トラウマへの効果とやり方

EMDR法の意味とは,トラウマへの効果とやり方

みなさん、こんにちは。公認心理師の川島達史と申します。私は現在、こちらの初学者向け心理学講座で講師をしています。今回のテーマは「EMDR法」です。

EMDR,マカダミアさん

EMDR法は最近の注目されている心理療法の一種です。目次は以下の通りです。

①EMDRの提唱者,歴史
②EMDRの概要
③治療の8段階
④EMDRはなぜ効くのか
⑤注意点,リスク
⑥EMDRを受けるには
⑦筆者の意見

入門編として必要な知識を一通り解説しています。是非最後までご一読ください。

①EMDRの提唱者,歴史

提唱者

EMDRはアメリカの臨床心理士フランシーヌ・シャピロ (Shapiro, F.)(1989)[1]によって考案された療法です。

幼少期と教育
シャピロはブルックリンで生まれ、3人の年下の兄弟がいました。高校卒業後、ニューヨーク市立大学ブルックリン校に進学し、英語を専攻して学士号を取得しました。さらに、同大学で英文学を専門に修士号を取得しました。

その後、ニューヨーク大学の博士課程に進み、英語教師をしながら、英文学を研究していましたが、途中で乳がんを患い、研究を中断しました。後にサンディエゴに移住し、心理学の大学院に入り直し、博士号を取得します。

EMDRの発見と開発
1987年、公園を散歩している際に眼球運動が否定的な思考を軽減することを偶然発見しました。シャピロはこの現象を体系的に研究し、心理療法としてのEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)を開発しました。

1989年には学術誌に論文を発表し、治療法としての有効性を示しました。1995年にはEMDRの8段階を詳述した教科書を出版し、心理療法として広く普及させました。

研究と功績
シャピロはその後もEMDRの研究と普及に専念しました。災害支援や無料トレーニングを提供する非営利団体「EMDR人道支援プログラム」を設立し、多くのトラウマ被害者を支援しました。

さらに、心理学分野において多数の著作や学会発表を行い、EMDRを世界中に広めました。彼女の教科書は改訂を重ね、現在もEMDRの標準的なテキストとして広く用いられています。

日本での広がり

日本では1992年に医師の熊野[2]によってEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)が初めて紹介されました。1995年からは専門家向けのトレーニングが開始され、臨床家たちがEMDRの技術を学び始めました。

その後、EMDR学会が発足し、体系的な研修プログラムが整備されたことで、治療者の専門性が向上し、普及が加速しました。現在では、EMDR学会には2000名以上の支援者がいると言われています。

2000年代には、臨床現場においてEMDRが少しずつ活用されるようになり、トラウマ治療やPTSD治療の効果が評価されました。2011年の東日本大震災では、PTSDやトラウマ症状を抱える被災者への支援が急務となり、災害支援の場でEMDRが積極的に用いられました。この活動を通じて、EMDRの有効性が改めて認識され、専門家の間で注目が高まりました。

現在、EMDRは日本の心理療法の一つとして確立されており、トラウマやPTSD治療における主要な選択肢となっています。学会や研修が継続的に行われていることで、臨床家の技術向上が図られ、今後もさらなる普及が期待されています。

②EMDRの概要

意味とは

EMDRは

Eye Movement Desensitization and Reprocessing

の略です。日本語では

眼球運動による脱感作と再処理法

と訳されています。シャピロはカウンセリングを行う中で、特定の目の動きがクライエントの気持ちを和らげることに気がつきました。EMDRは、眼球運動などの身体的な感覚を用いて、否定的感情を軽減させていきます。

やり方

EMDRは、過去の辛い記憶を対象に、治療者の指示で左右に動く指や光を目で追いながら行う治療法です。目の動きに集中しつつ記憶を想起することで、否定的な感情や認知が軽減され、自然にポジティブな感情や考えに置き換わります。治療は患者の状態に合わせて進められ、セッション後は効果を確認し、定着を図ります。

治療対象

EMDRは、特PTSD効果があるといわれています。PTSD(Posttraumatic Stress Disorder; 心的外傷後ストレス障害)とは、死の危険に直面するようなトラウマティックな体験が心の傷となり、その後の日常生活にも支障をきたしてしまう病気です。アメリカ国防省は、PTSD治療においてEMDRを高く評価しています。

そのほか、解離性障害パニック障害適応障害、などの心的外傷が関連している精神障害にも広く適応があるとしています。また、最近では発達障害への適応にも注目が集まっています。

効果

EMDRはPTSDやトラウマの治療に高い効果が認められています。否定的な記憶に伴う感情や身体反応が軽減され、自然な適応が促されるため、恐怖や不安の感情が和らぎます。また、過去の記憶を処理することで、現在の生活における問題行動や対人関係の改善も期待できます。

吉川ら(2014)[3]は、解離性障害を持つ児童へEMDRを実施し、効果を検証しています。研究は以下のようなものでした。解離性障害の児童に、自我状態療法とEMDRを併用した心理療法を週1回のセッションで計8回行いました。全てのセッションが終了した後、質問紙調査を実施しています。

以下は結果を示した図です。

心理療法の実施前後で比較すると、外傷後ストレス反応の減少が見られます。この事例は複数の心理療法を併用していますが、外傷後ストレス反応の減少はEMDRの単独の効果であると考察しています。

③EMDRと8つの段階

EMDRは8つの段階で治療を進めていきます(Shapiro,1997,2004)[4]

① 病歴・生育歴の聴取

クライエントの過去のつらい体験やトラウマ、現在の悩みや症状について話を聞き、治療の目標や進め方を決めていきます。

② 準備

「安全な場所」をイメージするワークなどで安心感を高め、治療を受ける準備をします。リラックス方法も学び、心の安定を図ります。

安全な場所のワークは、「④脱感作」の段階で効果的にリラックスできるよう、準備をすることが目的です。以下にその流れを示します。

[1] 安全で穏やかな場所をイメージする
[2] 眼球運動を4回実施する(1回4~6往復)
[3] その場所のイメージに名前をつける
[4] 名前を思い浮かべながら、[2]の作業を2回実施する

このような流れで、「落ち着いた気持ちでいる体験」をしていきます。

③ アセスメント

つらい記憶に関連する否定的な考えや気持ち、体の不快な感覚を確認し、治療の焦点や目標を具体的に明らかにしていきます。

④ 脱感作

眼球運動や音、軽いタッピングなどの刺激を行い、つらい記憶や感情を和らげます。苦痛が少しずつ軽減するよう進めていきます。

苦痛になっている状況を思い浮かべながら、眼球運動などの身体的な刺激を通して苦痛を軽減させていきます。以下に流れを示します。

[1] 苦痛を感じる場面を思い浮かべる
[2] 眼球運動を実施する
 (1セット25~30往復、12~20秒程度)
[3] 苦痛が低減するまで実施する

ここで用いる身体的な刺激は、眼球運動の他に「タッピング」なども使われることがあります。タッピングとは、膝や背中などを左右交互にリズミカルにたたくことで、触覚的な刺激を加えるものです。

⑤ 植え付け

つらい記憶に対して肯定的な考えや気持ちが強くなるまで、眼球運動などの刺激を続け、心の中に前向きな感覚を定着させます。

⑥ ボディスキャン

身体の状態をチェックし、不快な感覚が残っていないかを確認します。不快感があればさらに軽減するようサポートします。

⑦ 終了

その日のセッションを終える前に心身を整えます。安心感を取り戻し、日常生活に戻れるようリラックスの時間を設けます。

⑧ 再評価

次回のセッションで、前回の治療効果を確認します。トラウマへの反応や変化を見て、必要に応じて治療を続けていきます。

動画で確認してみよう

文章ではわかりにくいと思うので、信頼できそうな動画を調査しました。実際のイメージを知りたい方は以下を参照ください。

④EMDRはなぜ効くのか

なぜEMDRに効果があるのかについては、様々な説があります。

急速な情報処理説

EMDRは眼球運動をベースにトラウマを解除していく手法になります。一般的に、眼球運動はREM睡眠の際に起こります。REM睡眠とは、比較的浅い睡眠状態のことです。REM睡眠時は、目がきょろきょろとすばやく動くことがよく知られていて、この際に情報を整理していると言われています。

通常のカウンセリングではじっくりと話し込みながら心の改善を図りますが、EMDRではそこに眼球の動きを足すことで、早く悩みが改善されると仮定されているのです。遊佐(1999)[5]は、EMDRは「ターボエンジンつきの自由連想法」であると表現しています。

恐怖条件付け解除説

眼球運動は感情と連動しているという説もあります。これは直感的にわかりやすいですね。例えば私たちは、動揺すると目がきょろきょろしますし、驚いたときは目が大きくなります。この点について、天野(2016)[6]は「左右の眼球の動きが、恐怖条件付けを解除している可能性がある」と主張しています。

*睡眠時と眼球の動きは下記を参照

⑤注意点とリスク

EMDRは、心理療法としてはまだ歴史が浅く、研究論文も十分ではないという意見もあります。

科学的証拠の不足

EMDRの効果を支持する研究は増えてきましたが、科学的な根拠は十分ではありません。特に、眼球運動や感覚刺激がトラウマ処理にどのように影響するのかのメカニズムは解明されていません。これを証明するためには、さらに高品質な実験や大規模な試験が必要です。証拠が不足しているため、過信を避けるべきだという意見もあります(スザンヌら,2020)[7]

治療過程の不明確さ

EMDRでは、患者がトラウマを再体験しながら進むため、強い感情的ストレスを感じることがあります。このプロセスが適切かどうかは、患者の状態や治療者の経験に大きく依存します。特に治療者が経験不足の場合、逆効果を招く可能性もあり、慎重に進める必要があります。

長期的な効果の検証不足

EMDRは短期的な効果が確認されていますが、長期的な効果については十分な研究がありません。再発や再障害のリスクについても未検証であり、治療後のフォローアップが重要です。効果が持続するかどうかについてのデータが不足しているため、慎重に考える必要があります。

適用範囲の限定性

EMDRは主にPTSDの治療に効果があるとされていますが、すべての心理的問題に適用できるわけではありません。うつ病や不安障害などには効果が薄く、他の治療法が適している場合もあります。EMDRは万能ではないため、状況に応じた適切な治療法の選択が重要です。

⑥EMDRを受けるには

専門家から受ける

EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)は、専門的な訓練を受けた治療者によって行われる治療法です。この治療法は、トラウマや心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療に有効であるとされていますが、適切に行うためには専門的な知識と技術が求められます。そのため、実際にEMDRを受ける際には、経験豊富で資格を持った治療者の指導のもとで実施することが重要です。

現在、日本で信頼できるEMDRの治療者を探すための手段として、日本EMDR学会が提供する資格認定制度があります。この学会では、精神医療の分野で一定の資格を有し、EMDRのトレーニングを終了した専門家に対して資格を発行しています。これにより、治療者が高い水準の訓練を受けていることが保証されています。

地域別の検索

日本EMDR学会では、治療者のリストを地域別に検索できるサービスを提供しています。このリストには、EMDRの治療に熟練した専門家が掲載されており、自分の住んでいる地域で信頼できる治療者を見つけることが可能です。これを利用することで、適切な治療者をスムーズに探すことができます。

EMDR治療を受ける際には、専門家が提供するサポートのもとで治療を受けることが大切です。資格を有し、適切なトレーニングを受けた治療者を選ぶことによって、より効果的に、そして安全に治療を進めることができます。治療者リストを活用して、信頼できる専門家を見つけることをお勧めします。

EDMR治療者リスト

⑦筆者の意見

最後に、筆者の意見を述べさせていただきます。

EMDRはまだそのプロセスが解明されておらず、充分な研究結果があるとも言えません。一方で、私たちの感情と体は密接に関連しているので、身体と記憶を絡めながら心の問題を改善してく手法が発展していくことは望ましいと感じています。

個人差もある手法ですが、トラウマで長期的に悩んでいる方は、信頼できる専門の臨床家と十分話し合った上で実施してみてください。絶対的な心理療法はなく、すべてが治ると考えるのは現実的ではありません。もし肌に合わないと感じた場合は、他の心理療法を活用して症状を改善していきましょう。

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講師に質問をしたり、仲間と相談しながら進めていくと、理解しやすくなります。🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。筆者も講師をしています(^^)

 コミュニケーション講座,心理療法の学習

 

監修

名前

川島達史


経歴

  • 公認心理師
  • 精神保健福祉士
  • 目白大学大学院心理学研究科 修了

取材執筆活動など

  • NHKあさイチ出演
  • NHK天才テレビ君出演
  • マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
  • サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」


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元専修大学教授 長田洋和

名前

長田洋和


経歴

  • 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
  • 東京大学 博士 (保健学) 取得
  • 公認心理師
  • 臨床心理士
  • 精神保健福祉士

取材執筆活動など

  • 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
  • うつ病と予防学的介入プログラム
  • 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

臨床心理士 亀井幹子

名前

亀井幹子


経歴

  • 臨床心理士
  • 公認心理師
  • 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
  • 精神科クリニック勤務

取材執筆活動など

  • メディア・研究活動
  • NHK偉人達の健康診断出演
  • マインドフルネスと不眠症状の関連

・出典
[1] Shapiro, F. (1989). Efficacy of the eye movement desensitization procedure in the treatment of traumatic memories. Journal of Traumatic Stress, 2, 199–223. doi:10.1002/jts.2490020207.
 
[2] 熊野 宏昭 (1992). EMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing) 眼球運動により外傷的記憶の脱感作と再体制化を行う技法  心身医療, 4, 1331-1337.
 
[3] 吉川 久史・杉山 登志郎・丸山 洋子 (2014). 解離性障害を持つ児童への自我状態療法とEMDRの併用の効果判定 Retrieved from https://my-kokoro.jp/
books/research-aid-paper/vol50_2014/pdf/mykokoro_research-aid_paper_50_04.pdf  (2020年9月22日)
 
[4] Shapiro, F., & Margot, S.F. (1997, 2004). EMDR:The Breakthrough Therapy for Overcoming Anxiety, Stress, and Trauma. International Creative Management. New York, NY: Basic Books.  (シャピロ, F.,マーゴット, S.F. 市井雅哉〔監訳〕(2006) トラウマからの解放:EMDR 二瓶社)
 
[5] 遊佐 安一郎 (1999). 新しい加速的な短期でしかも統合的な精神療法EMDR – 創始者、Francine Shapiro, Ph.D. を訪ねて-(その1)こころの臨床ア・ラカルト, 18, 93-97.
 
[6] 天野 玉記 (2016). 脳血流からみた EMDR の脳における機序~近赤外線分光法 (near-infrared spectroscopy, NIRS) による~ 日本EMDR学会第10回学術大会企画シンポジウム EMDR 研究,8,18-29.
 
[7] Cuijpers, P., Suzanne C.v.V., Sijbrandij, M., Yoder, W., & Cristea, I.A. (2020).  Eye movement desensitization and reprocessing for mental health problems: a systematic review and meta-analysis. Cognitive Behaviour Therapy, 49, 165-180.