EMDR法の意味とは,トラウマへの効果とやり方
みなさん、こんにちは。公認心理師の川島達史と申します。私は現在、こちらの初学者向け心理学講座で講師をしています。今回のテーマは「EMDR法」です。
EMDR法は最近の臨床心理学で注目されている心理療法の一種です。目次は以下の通りです。
①EMDR法の意味とは?
②EMDRの治療対象
③治療の8段階
入門編として必要な知識を一通り解説しています。是非最後までご一読ください。
EMDR法とは何か
EMDRはアメリカの臨床心理士フランシーヌ・シャピロ(1989)によって考案された療法で、
Eye Movement Desensitization and Reprocessing
の略です。日本語としては
眼球運動による脱感作と再処理法
と言われています。シャピロはカウンセリングを行う中で、クライアントの特定の目の動き、気持ちを和らげることに気がつきました。
その後研究が進み、眼球運動、触覚刺激、聴覚刺激などして、肯定的な記憶を高め、トラウマを緩和させていく方法として発展してきました。
EMDRは、眼球運動などの身体的な感覚を用いて、否定的感情を軽減させていきます。以下にデモンストレーションがあります。
EMDRは1992年に医師の熊野が紹介し、1995年から専門家向けのトレーニングがはじまりました。その後EMDR学会が発足し、現在では2000名以上の療法家がいると言われています。
EMDRの治療対象
治療対象
EMDRの治療対象は主に過去に心に傷によって苦しむ病気であるPTSDに効果があるといわれています。アメリカ国防省はPTSD治療において高い評価をしています。
そのほか、
・解離性障害
・パニック障害
・適応障害
などの心的外傷が関連している精神障害にも広く適応があるとしています。また、最近では発達障害への適応にも注目が集まっています。
効果
吉川ら(2014)は、解離性障害を持つ児童へEMDRを実施し、効果を検証しています。研究は以下のようなものでした。
解離性障害の児童に、自我状態療法とEMDRを併用した心理療法を週1回のセッションで計8回行いました。全てのセッションが終了した後に質問紙を実施しています。
以下は結果を示した図です。
心理療法の実施前と後で比較すると、外傷後ストレス反応の減少が見られます。この事例は複数の心理療法を併用していますが、外傷後ストレス反応の減少はEMDRの単独の効果であると考察しています。
EMDRのやり方
EMDRは8つの段階で構成されていて、治療を進めていきます。
①病歴・生育歴の聴取
トラウマなどの過去の体験を聴取
②準備
「安全な場所のワーク」などを活用し、安心感や肯定感を高めます
安全な場所のワークとは、準備の段階で取り入れられるワークのことです。ここでは、次の脱感作の段階で効果的にリラックスできるように、準備をすることが目的です。以下にその流れを示します。
①安全で穏やかな場所をイメージする
②眼球運動を4回実施(1回4~6往復)
③その場所のイメージに名前をつける
④名前も考えながら②の作業を2回実施
このような流れで、“落ち着いた気持ちでいる体験”をしていきます。
③アセスメント
否定的感情、肯定的感情、身体感覚など確認
④脱感作
眼球運動などの身体刺激を使って苦痛を軽減
苦痛になっている状況を思い浮かべて、眼球運動などの身体的な刺激を通して苦痛を軽減させていきます。以下に流れを示します。
①苦痛を感じる場面を思い浮かべる
②眼球運動を実施
(1セット25~30往復、12~20秒程度)
③苦痛が低減するまで実施
ここで用いる身体的な刺激は、眼球運動の他に“タッピング”なども使われることがあります。これは、膝や背中などを、左右交互にリズミカルにたたくことで触覚的な刺激を加えるものです。
⑤植え付け
肯定的感情が高くなるまで身体刺激を継続
⑥ボディスキャン
不快な身体感覚が消失していることを確認
⑦終了
日常生活に戻れるようケアする
⑧再評価
トラウマに対する変化や治療の効果を確認というような段階を経て治療を進めていきます。
EMDRはなぜ効くのか
EMDRについては、なぜ効果があるのかについては様々な説があります。
急速な情報処理説
EMDRは眼球運動をベースにトラウマを解除していく手法になります。眼球運動はREM睡眠の際に起こります。REM睡眠とは、比較的浅い睡眠を意味して、比較的浅い眠りを意味します。REM睡眠時は、目がきょろきょろとすばやく動くことがよく知られていて、この際に情報を整理していると言われています。
通常のカウンセリングではじっくりと話し込みながら、心の改善を図りますが、EMDRではそこに眼球の動きを足すことで、早く悩みが改善されると仮定されているのです。遊佐(1999)はEMDRは「ターボエンジンつきの自由連想法」であると表現しています。
恐怖条件付け解除説
眼球運動は感情と連動しているという説もあります。これは直感的にわかりやすいですね。例えば私たちは動揺すると、目がきょろきょろしますし、驚いたときは目が大きくなります。この点、天野(2016)は左右の眼球の動きは、恐怖条件付けを解除している可能性があると主張しています。
*睡眠時と眼球の動き
EMDRを受けるには
治療者の探し方
EMDRは専門的な訓練を受けた治療者によって行われます。実際に行う際には、専門家の指導のもと行いましょう。専門家を探す手段は以下の通りです。
現在日本EDMR学会では精神医療領域の資格を持ち、トレーニングを終了したものに対して資格を発行しています。現状では最も信頼できると言えます。下記のリンク先では、治療者がリスト化されています。地域別に検索ができますので参考にしてみてください。
注意点
一方でEMDRは心理療法の歴史としては浅く、研究論文も十分ではないという意見ももあります。2020年に発表された「眼球運動の鈍感化とメンタルヘルス問題の再処理:系統的レビューとメタ分析」によると、
・EMDRがPTSDの治療に短期間で効果的である
・研究の質は低い
・明確な結論を導き出すことはできない
・PTSD以外の病気には特に慎重であるべき
と主張されています。
筆者の意見
ここからは筆者の意見となりますが、EMDRはまだそのプロセスが解明されておらず、充分な研究結果があるとも言えません。一方で、私たちの感情と体は密接に関連しているので、身体と記憶を絡めながら心の改善をしてく手法が発展していくことは望ましいと感じています。
個人差もある手法ですが、トラウマで長期的に悩んでいる方は、一度試してみる価値はあると感じています。是非信頼できる専門の臨床家と話し合ってみてください。
心理学講座のお知らせ
心理療法を公認心理師の元で体系的に学びたい方は、私たちが主催する心理学講座をおすすめします。講座では
・エゴグラム性格分析
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市井雅哉(2012) EMDR-PTSDに効果的な心理療法 心身医学 52(9), 819-827
三島利江子,森茂起(2020) EMDR で用いる「安全な場所」エクササイズに関する研究 -触覚刺激が自律神経に与える影響から手続きを検証する- 甲南大學紀要.文学編 (170), 139-149
緒川和代,松本真理子(2017) 子どもに対するEMDR 適用に関する文献的考察 児童青年精神医学とその近接領域 58(3), 409-423
吉川久史,杉山登志郎,丸山洋子(2014) 解離性障害を持つ児童への自我状態療法とEMDRの併用の効果判定 研究助成論文集 (50), 27-36
メンタルヘルス問題のための眼球運動減感と再処理:系統的レビューとメタ分析 Cognitive Behaviour Therapy. 49 (3): 165–180. doi:10.1080/16506073.2019.1703801. PMID32043428.
熊野宏昭 1992 EMDR (Eye Movement Desensitization and Reprocessing) 眼球運動により外傷的記憶の脱感作と再体制化を行う技法- 心身医療
遊佐安一郎 1999 新しい加速的な短期でしかも統合的な精神療法-EMDR.こころのりんしょう
天野玉記 2016 脳血流からみた EMDR の脳における機序~近赤外線分光法 (near-infrared spectroscopy, NIRS)による~.日本 EMDR 学会代 10 回 学術大会企画シンポジウム EMDR 研究,8(1),18-29.