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カタルシス効果とヒステリー研究②

カタルシス効果とヒステリー症状改善の事例

コラム①では、カタルシスについて解説していきました。今回は、アンナ・Oとカタルシスの事例について解説していきます。

アンナ・Oの事例

ここで、カタルシス効果によって、ヒステリー症状が和らいだ事例をご紹介します。今回は、ブロイアー,j.とフロイトの共著である「ヒステリー研究」の中から有名な症例を見ていきましょう。

アンナ・Oの症状緩和

アンナ・Oは21歳の時に、病に侵されていた愛する父親の看病していたのですが、次第に激しい咳そう、衰弱、貧血、食事への嫌悪などの症状が表れ、看病から離れ、精神科医のブロイアーの元を訪ねます。

ブロイアーの診断を受けると、神経性咳そうと診断をされました。神経性咳そうとは心理的な問題で咳込む症状です。

1881年4月5日にあえなく父が他界し、一部軽くなった症状もあるものの、昏迷や視野狭窄におかされます。

談話療法

ブロイアーが夕方に彼女を訪問すると、アンナは「自分から催眠状態」になります。そうしてブロイラーに思い浮かんだことを話すのです。例えば、それは病人の傍らで不安に満ちて座っている少女の物語などがありました。

アンナはひとしきり語った後は明らかな安らぎを見せました。これを彼女は「談話療法」と呼び、ユーモアを交えて「煙突掃除」と名付けました。

ヒステリー現象の引き金になった出来事を話し合うことで症状が和らいだのです。これがカタルシス効果の原型です。

コップから水が飲めない

しかし、まだヒステリー症状は完治せず、アンナは水が飲めなくなってしまいました。時期は夏の猛暑でした。それでも水が飲めず、果物から水分を摂取していたようです。カタルシス効果

犬がコップから水を飲んでいた

なぜ水が飲めないのか?原因は不明でした。その後も治療は続きました。アンナは再び、催眠状態になりこんなエピソードを思い出したのです。

病床に就く前の出来事-アンナは家庭教師から学んでいた。家庭教師の部屋に入ると、嫌いな子犬が、コップから水を飲んでいた!アンナは、勝手にその光景を見たことを後ろめたく思い、口に出せずにいた。

水を飲む際に抵抗があったのは、不潔な犬のイメージが重なったからだったのです。アンナはこのエピソードを話した後に、大量の水を飲み、催眠から覚め症状は完全に回復しました。

*講師の視点 1つ1つの症状について、その原因となった出来事を語っていくと、症状が消失する。これは現代のカウンセリングでも大事にされている考え方です。現場感覚でも、充分語りつくしたクライアントさんは、回復が早いことを実感しています。

フロイトにより発展

フロイトとブロイアーの出会い

カタルシス効果の発展に大きく貢献したのが、精神科医のジークムント・フロイトになります。フロイトは、ブロイアーと出会ってカタルシス現状を学び、その後1885年、フランスへ留学しました。

催眠とカタルシス着想

神経学者のシャルコーの講義を受けて、催眠下で心的外傷が露呈するという外傷仮説を学びました。そこで、催眠時のカタルシスで症状が治癒するのではという着想を得ました。

フロイトと言えば、精神分析学を創設したことで有名です。精神分析学の特徴の1つである「無意識を意識化」するというプロセスはカタルシス効果からヒントを得たとされています。

カタルシス効果を事例で理解

今回は、フロイトの精神分析理論のヒントにもなった、アンナ・Oの事例をご紹介していきました。心の深い部分の押し込めていた悩みと対峙することで、心が晴れやかな気持ちになります。

カタルシス効果は、芸術やスポーツに触れた時に得られるイメージがありますが、対話や相談によっても十分に感じることができます。

アンナ・Oのように、心に押し込めている感情や思い出がある方は、一度信頼できる相手に打ち明けてみると、心が軽くなるかもしれません。

おしらせ

最後にお知らせです。私たち臨床心理士・精神保健福祉士が開催している、コミュニケーション講座への参加をおススメしています。コラムだけでは伝えきれない知識や実践的なワークを進めています。

みなさんのコミュニケーション能力が向上するよう、講師も一緒に頑張ります!よかったらいらっしゃってくださいね(^^)

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コラム監修

名前

川島達史


経歴

  • 公認心理師
  • 精神保健福祉士
  • 目白大学大学院心理学研究科修士

取材執筆活動など

  • AERA 「飲み会での会話術」
  • マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
  • サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
  • TOKYOガルリ テレビ東京出演


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懸田克躬・小此木啓吾(1974)「病歴 E アンナ・O 嬢」人文書院 Pp.153-177.