社交不安障害と心理療法①診断基準,原因,治療法
こんにちは、社交不安症専門カウンセラーの川島達史です。この記事では、社交不安症について基礎から解説します。これから8回シリーズで、社交不安症を改善するための様々な心理療法を紹介していきます。全体のシリーズの目次としては以下の通りです。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性
③.認知療法‐健全な対人関係
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
現在の社会では、社交不安症の治療法を学べる環境が非常に少ないという問題があります。しかし、人と関われない状態は、仕事の選択肢が狭まり、恋愛も難しくなるなど、生活の様々な場面で大きな支障をきたします。
「人が怖い」という気持ちを完全になくすのは難しいですが、その気持ちを抱えながらも豊かな人生を送る方法があります。この記事では、その第一歩として社交不安症について正しく理解していきましょう。
なお、当コラムは動画でも解説しています。コラムの補助としてご活用ください。
社交不安症の歴史
まずはじめに社交不安症の歴史から振り返ってみましょう。
対人恐怖症の始まり(1930年代)
「対人恐怖」という言葉が初めて使われたのは1930年代(昭和5年)です。中村古郷先生が「精神衛生研究」という雑誌で初めてこの言葉を使いました。
当時、「精視恐怖」という言葉も登場しました。これは会話中に目が合うのが怖くてたまらないという症状です。この時代から、日本人の間で「人が怖い」という感覚が存在していたことがわかります。
日本における研究の発展
中村古郷先生は「変態心理学」(現代で言う「異常心理学」)という雑誌を発行していました。この雑誌では森田正馬先生も対人恐怖に関する治療について記述していました。
森田先生は昭和10年に「赤面恐怖症または対人恐怖とその治療法」という本を出版し、本格的に対人恐怖を定義して治療を始めました。実は、対人恐怖症の研究は日本が発祥と言えます。昭和初期から対人恐怖症の研究が始まり、「人が怖い」という研究は日本が元祖なのです。
国際的な認識へ(1980-1990年代)
1980年代になると、それまで日本人特有と考えられていた対人恐怖が実は世界共通の症状だとわかってきました。1980年代に「社会恐怖」という診断名が精神医学の診断基準(DSM3)に初めて記載されました。
1990年代になると「社会不安障害」という名称に変わりました。その後、社会という言葉が広すぎる意味合いを持つため、日本精神神経学会を中心に「社交不安障害」という呼び名に変更されました。
「障害」から「症」へ(2010年代~)
最近では「障害」という言葉が持つネガティブなイメージから「社交不安症」と呼ぶ流れが出てきています。「障害」は治りにくい印象や偏見を生む可能性があるため、「症」という言葉に置き換えられつつあります。現在は両方の表現が混在していますが、今後は「障害」という言葉は使われなくなるでしょう。
社交不安症の診断基準
アメリカ精神医学会の診断基準から、社交不安症の主な3つの特徴を見ていきましょう。
注目を浴びることへの恐怖
社交不安症の最も典型的な症状は、注目を浴びることへの恐怖です。人前で話す、食事をする、会議で発言するなど、自分に視線が集まる状況で強い恐怖を感じます。
社交不安症の治療で重要なのは、人の目が気になるという感覚をゼロにするのではなく、過剰に気にし過ぎる気持ちとどう折り合いをつけるかです。自分の気持ちに集中する練習が大切になります。
否定的評価への恐れ
2つ目の特徴は、否定的評価を受けることへの恐れです。これは掛け算の関係があり、「人からの目線を気にする」かつ「その目線が否定的(自分を馬鹿にしている、評価を下げている)」と感じると、恐怖心が大きくなります。
現実とかけ離れた思い込み
3つ目は、現実の危険と釣り合わない思い込みです。社交不安症の人は実際にはないような危険を過大に考えてしまいます。
例えば、「人前で顔が赤くなると評価が下がる」と思い込んでいても、実際には顔が赤くなる人の評価を下げる人は全体の5%程度しかいません。つまり95%の人は顔が赤くなっても相手の評価を変えないのです。しかし、社交不安症の人はこの思い込みに捉われてしまいます。
診断基準として、これらの症状が6ヶ月以上続く場合に社交不安症と診断されます。
社交不安症の発症年齢
社交不安症の発症年齢を見ていきましょう。
思春期が危険期
社交不安症の発症年齢は非常に特徴的です。
10歳未満が17%、10歳から15歳までが58%です[1]。最も発症しやすいのは小学5年生から中学2年生の時期です。
しかし、この事実はあまり社会的に認知されていません。スクールカウンセラーでさえ発達障害に目を向けがちで、教師も社交不安症という疾患を知らないことが多いのです。思春期に社交不安症が多発することを、もっと社会全体で共有すべきです。
早期発見の重要性
小学高学年から中学前半で社交不安症になると、不登校や引きこもりにつながることがあります。最悪の場合、自責の念から自殺に至るケースもあります。多くの場合、社交不安症と気づかれないまま苦しんでいるのが問題です。
筆者自身も15歳頃から社交不安症でしたが、それに気づいたのは7年後でした。「人が怖い」という感覚はあっても、それが病気だとは知らず、むしろ社交不安を強める考え方を自分の中で育ててしまい、大変苦しみました。早期にカウンセラーと出会い、適切な治療を受けていれば、多くの苦労を避けられたかもしれません。
年齢とともに減少する傾向
川上(2016)[2]によれば、20歳から34歳の社交不安症の割合は約2.6%と言われています(1%から10%まで様々な統計があります)。思春期に始まった社交不安症は20代まで続きますが、35歳を超えるあたりから徐々に減少していきます。
これは社交不安症に限らず、若い時期は感情コントロールが難しい傾向がありますが、人生経験を積むにつれて考え方の幅が広がり、自分なりの感情コントロール法を身につけるためだと考えられます。
しかし、何も対策をしないと35歳頃まで症状が続くこともあるため、早めに改善方法を学ぶことが大切です。
社交不安症の症状
社交不安症の症状は、体・心・行動の3つの面に現れます。
体の症状
体の症状としては、人と対面すると危機感を覚え、ノルアドレナリンというホルモンが分泌されます。これにより血中濃度が上がり、神経が高ぶって「戦うか逃げるか」の体制になります。この体制が過剰になると、汗が噴き出したり、血流が良くなって顔が赤くなったり、神経が過剰に働いて震えが出たりします。
心の症状
心の症状の中心は人の目が異常に気になることです。実際には誰もあなたをそれほど見ていないのに、「みんなが自分を見ている」と感じて辛くなります。また、孤独感や抑うつ感も感じやすくなります。人との関わりを避けるようになると、社会的に孤立し、「自分だけがうまくいかない」という感覚が強まります。
行動の症状
行動面での特徴は「回避行動」です。人の輪に入れない、グループワークを避ける、電話をかけられない、レストランで注文できないなどの症状が現れます。さらに症状が進むと、学校や会社に行けなくなったり、引きこもりになることもあります。筆者自身も大学卒業時には社会が怖くて就職活動ができなかった経験があります。
社交不安症の原因
社交不安症の原因は一つではなく、様々な要因が複雑に絡み合っています。原因を一つに絞らず、多角的に考えることが大切です。大きく分けると、以下の図のように生物的要因、心理的要因、環境要因の3つがあります。
それぞれ具体的に見ていきましょう。
生物的要因
生物的要因としては、まず遺伝的な性格があります。最近の研究では、外交性や対人不安は約50%が生まれつきの要素だとわかってきました。幼少期から人見知りだった人は、遺伝的に社交不安の傾向を持っている可能性があります。
もう一つはホルモンバランスの乱れです。私たちの感情は脳内のホルモンによって左右されます。セロトニンなどのホルモンが適切に分泌されないと、リラックスした感覚を得にくくなります。本人に責任はなくても、ホルモンバランスの乱れにより、人が怖くなったり対人関係に不安を感じたりすることがあります。
心理的要因
心理的要因としては公的自己意識が高いことが挙げられます。これは他人の目を通して自分を見る傾向で、周囲からの視線を過剰に気にします。
また、失敗を過度に恐れる失敗過敏や、症状に過剰に囚われることも要因となります。例えば赤面恐怖の人は「顔が赤くなる=人生終わり」と考えるほど症状に囚われてしまいます。人間は矛盾した面があり、「手が震えてはいけない」と強く意識するほど緊張が高まり、さらに震えが強くなります。症状への囚われを軽減することが、社交不安症改善の鍵です。
さらに、会話や対人関係のスキル不足も要因になります。会話力がなかったり人と関わっていく力が不足していると、対人不安や抑鬱感が増えやすくなります。
環境要因
環境要因としては、虐待やいじめなどの嫌な人間関係の経験が対人不安を高めることがあります。また、家庭環境が良くなく「人間は信頼できない」という感覚を持つと、対人不安を強める危険があります。
最近ではネット依存の方も増えており、実際の人間関係の経験が不足すると、日常会話ができなくなることもあります。例えば会社の飲み会で固まってしまい、その失敗体験から人が怖くなるケースも多いです。
社交不安症の治療方法
社交不安症の治療法は、原因と同様に生物学的、心理的、環境的アプローチに分けられます。
生物学的アプローチ
生物学的な治療としては、薬物療法と体のリラックス法があります。
薬物療法
社交不安症はホルモンバランスの乱れが原因のこともあり、本人の努力だけでは改善できない場合があります。そのため、精神科医の処方による抗不安薬などで治療を行うことがあります。筆者も会議など特定場面での不安時に、ピンポイントで効く薬を「お守り」として持っていました。特に重度の場合は薬物療法も検討すべきです。最近は依存性の研究も進み、安全な薬が増えています。
体のリラックス法
心と体はつながっているため、体がリラックスすると心も落ち着きます。効果的な方法の一つが「漸減緊張法」です。これは体の各部位に意識的に力を入れてから徐々に力を抜いていくエクササイズで、気持ちを穏やかにする効果があります。日常的に実践することで、緊張や不安の強い状況でも落ち着いて対応できるようになります。
心理的アプローチ
心の面での改善には様々な心理療法があります。それぞれ見ていきましょう。
認知療法
歪んだ思考パターンを修正する方法です。「人前で緊張したら恥ずかしい」「皆が自分を見ている」といった非現実的な思い込みに気づき、より健全で現実的な考え方に変えていきます。考え方を柔軟にすることで、不安の強さを和らげることができます。
行動療法
小さなステップを一つずつクリアして自信をつける方法です。例えば、最初は一対一の会話から始め、徐々に大勢の前で話すなど、難易度を少しずつ上げていきます。成功体験を積み重ねることで「やればできる」という自信が生まれます。
マインドフルネス療法
不安に取り込まれすぎず、自分を客観的に観察する練習です。「今、この瞬間」に意識を集中させ、感情や思考を判断せずに見守ります。不安を感じても「今、不安を感じているな」と一歩引いた視点を持つことで、感情に振り回されにくくなります。
森田療法
日本で生まれた心理療法で「あるがままの受容」を重視します。「人前で緊張するのは当たり前」と認め、緊張しながらも目の前のことに集中する姿勢を育てます。不安をなくそうとする努力が逆に不安を強めるという逆説的な視点が特徴です。
ソーシャルスキルトレーニング
実践的なコミュニケーション技術を学ぶトレーニングです。会話の始め方、質問の仕方、聴き方など具体的なスキルを練習します。社交不安症の人は経験不足から対人スキルが乏しいことがあり、基本的な会話技術を身につけることで自信につながります。
アサーティブコミュニケーション
自分も相手も大切にしながら適切に自己主張する方法です。「NOと言えない」「意見が言えない」などの悩みを抱える社交不安症の人が、ストレスをためずに自分の気持ちを伝える技術を学びます。健全な対人関係構築に役立ちます。
環境的アプローチ
環境面では、社交不安症の改善は一人ではなかなか難しいものです。実際の人間関係を通じて練習していくことが大切です。
孤独な生活を送っている場合は、少しずつ人と関わる場所にチャレンジしていきましょう。サークルやSNSのオフ会など、興味のあるコミュニティに参加することも有効です。
会話の時間を徐々に増やし、ソーシャルスキルトレーニングを活用すれば、会話力も向上します。「人が怖い」気持ちはあっても、「なんとかやっていける」「会話のコツさえわかれば楽しく話せる」という経験を積み重ねることが大切です。
次回のコラムへ進む
今回は社交不安症の基礎知識について解説しました。次回以降は心理療法の実践的な内容に入り、認知療法、行動療法、マインドフルネスなどを順に紹介していきます。社交不安症や対人恐怖でお悩みの方は、ぜひ本シリーズを参考にしてください。
①.社交不安症の基礎知識
②.認知療法‐考え方の柔軟性 次回のコラムはこちら
③.認知療法‐健全な対人関係
④.行動療法-段階的な挑戦
⑤.マインドフルネス療法
⑥.森田療法,対人恐怖の治療
⑦.ソーシャルスキルトレーニングの基礎
⑧.アサーション,主張の技術
カウンセリングのご案内
筆者は社交不安症専門のカウンセリングも行っています。一人での改善が難しいと感じる方は、ぜひお力になりたいと思います。まずは初回のアセスメントから、お気軽にご相談ください。
社交不安症専門のカウンセリングはこちら
コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
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名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連