アイデンティティを確立する方法
皆さんこんにちは。こちらの心理学講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回は「アイデンティティの確立」についてご相談を頂きました。
相談者
28歳 女性
お悩みの内容
私は小さいころから流されやすく、なんとなく大学に行き、なんとなく就職してしまいました。ですが仕事にやりがいを持てず、一度しかない人生で、これでいいのかと悩んでいます。昔から自分と向き合うのが苦手です。
検索していたところ「アイデンティティの確立」という用語が自分にぴったりな気がしました。詳しく教えてください。
仕事は人生に大きくかかわるので、何をしたいかわからない状態はモヤモヤしますよね。当コラムを読み進めていくと、アイデンティティを確立するコツをおさえることができると思います。是非最後までご一読ください。
アイデンティティの意味とは
はじめに「アイデンティティ」という用語の意味を抑えておきましょう。アイデンティティの確立に関する研究は、1940年代後半に発達心理学者のエリクソンが使い始めたと言われています。
エリクソンの定義
エリクソン(1950)[1]は「幼児期と社会」という本の中でアイデンティティを次のように定義しました。
自分が他ならぬ自分として,生き生きとした生命的存在として生き続けているという実存的な意識であり,同時に,自分が所属する社会の人々とある本質的性格において共通しており,世界との一体性をもつという実感
いかがでしょうか?…かなり難しいですね。「内的な普遍性と連続性…」のあたりでもうパニックです(汗)
心理学辞典の定義
次にわかりやすい、心理学辞典(1999)[2]の定義を紹介します。
「自分は何者か」「自分の目指す道な何か」「自分の人生の目的は何か」「自分の存在意義は何か」など、自己を社会のなかに位置づける問いかけに対して、肯定的かつ確信的に回答できること
いかがでしょうか。このように「自分とは何者なのか?」を問い、その答えを前向きに出していくことをアイデンティティ確立と呼ぶのです。
エリクソンと歴史
エリクソンは、元々ドイツで生まれたのですが、見た目は完全な北欧系ではなく、半分はユダヤ系でした。しかし、父親が誰なのか?母であるカーラは秘密にしていたようです。
エリクソンは戦火の影響もあり、最終的にはアメリカに生活の拠点を移しています。
出生が分からない・・・
人種的な迫害を受ける・・・
そのような激動の時代を生きる中で、エリクソン自身、
「自分が何者か?」
という問いを探し続ける人生だったようです。エリクソンは1994年までご存命でした。生前の様子もあります。
青年期とアイデンティティ
人生を8つの段階に分ける
エリクソンは、アメリカに渡った後、様々な悩みを持つ方の援助を行いました。その援助の過程で、人生には8つの段階があることを着想し、5番目の段階を青年期と呼びました。
そして青年期に乗り越えなければならない課題として、アイデンティティ確立があると考えたのです。
青年期の課題
私たちは小学生時代までは、自分とは何か?という気持ちをそこまで考えずに、一瞬一瞬を生きていきます。
・今日のおやつは何かな?
・今日はゲームできるかな?
・宿題やんなきゃ!
せいぜいこれぐらいの思考です。それが青年期になると、目の前のだけではなく、様々な事を考えはじめます。
・将来どんな大学に行こうか?
・理系・文系どちらが向いているのか?
・僕のやりたいことって何だろう?
こんなことを考え始めますね。このように自分とは何者なのか?生きる目的とは何か?と考え、その芯を定めていくことをアイデンティティ確立と呼ぶのです。
アイデンティティ拡散とは
一方でアイデンティティは簡単に確立できるものではありません。むしろ確立するまでに大きく悩む時期があるのが普通です。これをアイデンティ拡散(クライシス)と言ったりします。
拡散の意味
「クライシス」とは英語の「Crisis」から来ています。心理学辞典(1999)[2]によると、アイデンティ拡散は以下のように定義されています
自己探求を続ける青年が、多くは一過性的に経験する自己喪失の状態を指す
これから社会生活を送っていく上で、自分らしさをどのように発揮していけばいいか?わからなくなってしまう状態を指します。
生涯の課題
アイデンティティ拡散が起こりやすい場面はいくつかあります。
・学校などで進路を考えるとき
・転職など働き方について考えるとき
・失恋、離婚、死別
・外国などに行き異文化に接したとき
アイデンティ拡散は人生で1回だけではありません。何度も何度も形を変えて起こることがあります。
このことからエリクソンも最初はアイデンティティ形成を青年期の課題であると言っていたのですが、のちに考えが変わり、生涯をかけた課題であると言うようになりました。
確立と拡散の違い
大野(1984)[3]はアイデンティティの「確立(達成)グループ」と「拡散グループ」の違いについて調査を行いました。その結果の一部が以下の図です。
上図は、達成グループは充実感が高く毎日を主体的に生きている、拡散型グループは充実感が低く何となくむなしい、という事を意味しています。
例えば、同じ仕事でも「これが私のやるべき仕事だ」と考えている場合と「これは私のやるべき仕事ではない」と考えている場合では充実感に大きな違いが出てくるのです。
4つの確立法紹介
ここからはアイデンティティを確立するポイントをお伝えします。谷(2001)[4]の研究によると、アイデンティティを確立する上では以下が大事であると考えられています。
①過去の自分を受け入れる
②目標を見つける
③本当の自分で接する
④社会で役割を持つ
取り入れられそうなものがありましたら参考にしてみてください。
①過去の自分を受け入れる
谷(2001)[4]の研究によると、アイデンティティを確立する上では「自己斉一性・連続性」が大事であることがわかっています。これは、過去の自分があったからこそ、今の自分があるという感覚です。
・過去の失敗があるから今がある
・努力をしてきた自分をみとめる
・失敗も成功も含めて自分
このような感覚を育てることが大事です。具体的な手法としては「ライフチャート法」がおすすめです。過去の自分を見つめ直し、肯定的に考え直す効果があります。
過去の自分との折り合いがついていない…と感じる方は以下のコラムを参照ください。
②目標を見つける
2つ目に重要なのは「対自的同一性」です。対自的同一性とは、自分の価値観に耳を傾け、これからやりたいこと、大事にしたいこと、人生の目的を見つけていくことを意味します。
一方で人生の目的はそう簡単に見つかるものではありません。そこで提案させて頂きたいのが、人生の危機を前向きに活かすという視点です。
私たちはうまく行っている時は、いい意味でも悪い意味でも深く考えないものですが、人生の危機を迎えた時には深く自分と向き合うことになります。
以下の図は「アイデンティティのらせん式発達モデル」といいます。少し眺めてみましょう。
私たちはぐるぐるとらせんを描きながら「自分とは何か?」を考え理解しアイデンティティを確立していきます。
例えば、大きな病気に罹った人が病気が治った後にやりたいことがはっきりするケースがよくあります。これは病気を抱えながら自分としっかり向き合った結果ともいえるのです。
転職活動、仕事の失敗、人間関係の失敗、大事な人の死、天災など、人生には危機が定期的に訪れるものです。辛い時期ではありますが、自分とじっくり向き合い、改めてこれからの人生をどう過ごすか考えて行くと良いでしょう。
22歳男性のAさんは以下のような状況でした。
・とりあえず大学進学
・やりたいことがない
・就職活動に身が入らない
そんな中、アイデンティティ確立に大きく影響する出来事が起こります。それは大きな病気でした。
指の違和感
Aさんは夕食でいつも通りごはんを食べようとしたところ指に異変を感じます。普段通りに箸を持つことができないのです。なんど箸を持とうとしても、歪な持ち方になってしまいます。
この時、Aさんは「ちょっと手がしびれているだけだ」と思い病院には行きませんでした。
難病を発症
しかし、その後も箸の持ちにくさは改善されません。右手の握力が30%程度を落ちている実感がありました。さすがにまずいと思ったAさんは病院に行くことにします。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)
という病です。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、
担当の医師からは「将来寝たきりの状態になるかもしれない…」と告げられ、Aさんは絶望感に苛まれることになります。
絶望とアイデンティティ拡散
診断を受けたAさんは現実を受け止めきれませんでした。
なんで自分だけがこんな目に…
神様は不平等にもほどがある…
笑うことすらできないなんて…
Aさんは絶望に淵に立たせされ、
訪れた転機
「こんな自分に生きる道なんてあるのだろうか…」
「もう消えてなくなりたい…」
Aさんはとても辛い日々を過ごしていました。そんなある日なんとなく眺めていたTVから目を疑う情報が流れてきます
そこには、目の動きだけでPCを操作しプログラミング開発をしている
アイデンティティの確立へ
Aさんは衝撃を受けました。
動けなくても人の役に立てるなんて…
ALSでも社会貢献ができるのか…
まだ自分にも希望があるのでは…
Aさんは希望を見出し「僕にもまだ仕事ができる!社会とつながって人の役に立ちたい!」と感じるようになりました。
そうして、Aさんはトレーニングに時間を要したものの、
今ではアイデンティティが確立され、自分らしさを軸に社会とのつがながりを感じられているそうです。
筆者の元に相談に訪れた24歳女性のBさんは以下のような状況で悩んでいました。
・学生時代から集中力がない
・約束を忘れ周りに迷惑をかける
・ケアレスミスが多く上司に怒られる
Bさんは、ある時期に精神科で検査をしてもらったところ、軽度のADHDであることがわかりました。
思い悩む
Bさんは、自分が病気であることがわかると、最初は受け入れられませんでした。なぜならADHDは簡単に治る病気ではなく、長年付き合っていかなくてはならないからです。
Bさんは、付き合っている彼氏についても罪悪感を覚えました。なぜなら調べていくと、ADHDは一定の確率で遺伝する可能性があり、出産した時に子供に影響する可能性があるからです。
決心と告白
Bさんは、思い切って彼氏に打ち明けてみました。彼は
「確かにちょっとBさん、約束破る事あるけど、でも活発な所が好きだから気にしなくてもいいよ。遺伝する可能性があると言っても、可能性の話をするとなんでもそうだしね。」
っとあっけらかんとした様子でした。Bさんは心の荷が降りたようでした。
自助グループ活動
BさんはそれからもADHDについて、勉強をつづけました。すると、Bさんだけでなく、実にたくさんの方が、悩んでることを知りました。Bさんは、同じように悩む方同士、支え合う組織を作りたいという思いを持つようになりました。
そして自分で自助グループの団体を立ち上げ活動をはじめました。現在は50名程度の団体になり、ADHDの方同士、助け合う環境を作り上げました。
Bさんは当初思い悩んでいた時期に比べ、今は明らかに生活が充実し、幸福に生きているようです。アイデンティティ拡散を力強く乗り切ったと言えます。
③本当の自分で接する
3つ目に重要なのは「対他的同一性」です。対他同一性とは、「人に見られている自分」と「本当の自分」が一致している状態を意味します。
私たちは大人になると、気遣いや協調性が生まれ、周りに合わせるようになります。これは素晴らしいことなのですが、行き過ぎると。演技的になってしまい、自分らしさを失ってしまいます。
もし人と接するときに、自分の意見を言えない、周りを優先してしまう、自分らしくいられないと感じたら、アサーティブコミュニケーションの学習をおすすめします。
アサーティブコミュニケーションでは、自分にOKを出して、柔らかく表現していく姿勢を学ぶことができます。
④社会で役割を持つ
4つ目に重要なのは「心理社会的同一性」です。心理社会的同一性とは、周りに必要とされている環境、社会に役立っている感覚、社会の一員として活躍している感覚を意味します。
例えば、会社内で頼りにされる、社会的意義のある仕事をする、子育てに精を出す、ボランティア活動をする、これらが挙げられます。
私たちは「社会的動物」と言われ、人間関係なしには生きて行けません。この意味で社会とつながるようなアイデンティティの確立の仕方が大事になってくるのです。
自分のためだけでなく、社会のために役立つような生き方も意識しながら、アイデンティティを確立していきましょう。
お知らせ・発展編
ここからは「お知らせ」と「発展編」になります。
しっかり身につけたい方へ
当コラムで紹介した方法は、公認心理師による講座で、たくさん練習することができます。内容は以下のとおりです。
・アイデンティティ確立の基礎
・ライフチャート法の実践
・心理療法を体系的に学ぶ
・性格診断で自己理解
体験受講に興味がある方は下記のリンクからお待ちしています。筆者も講師をしています(^^)
アイデンティティ診断
現在の自分の状況を把握したい方はこちらの診断をご利用ください。アイデンティティ確立度を診断することができますよ(^^)
アイデンティティ診断
研究や詳しい意味
アイデンティティについて学術的な研究や詳しい意味を知りたい方は以下の姉妹サイトをご覧ください。
アイデンティティの意味とは,研究紹介
3件のコメント
ご指摘ありがとうございます。リンクを修正しておきました。度々お手数おかけしました。