自分が嫌いになったときの心理学的な対処法「アイデンティティの確立」③
自己嫌悪にならないために、アイデンティティを確立しよう
コラム②では、自分が嫌いなときの対処法1つ目「リフレーミング」をご紹介しました。練習問題を実践して、捉え方を変えて、短所を長所にする癖を付けてくださいね。今回は、自分が嫌いな原因の2つ目「自分らしさの未確立」の対処法について解説します。
アイデンティティとは?
自分が嫌いという感覚を改善するには「アイデンティティの確立と拡散」を知るとスムーズです。アイデンティティとはどこかで聞いたことがある言葉だと思います。まずは確立と拡散についてご説明しましょう。
・アイデンティティ確立
アイデンティティ確立とは、エリクソンが提唱しました。簡単に言いますと「自分の生き方が明確である」「私は個性や才能を活かせている」という感覚が持てるようになることです。言い換えると、自分なりの価値観や生き方を見つけることです
・アイデンティティ拡散
一方で自分らしさが定まらないことをアイデンティティ拡散と言います。例えば、「やりたいことが見つからない」「個性が発揮できていない」という状態です。アイデンティティ拡散になると、自信が持てず、自分が嫌いになりやすくなると考えられます。
アイデンティティの確立と自尊心
中間ら(2015)は、アイデンティティ発達の様相をとらえる尺度を作成した際に、453名の大学生を対象に調査を行いました。その中で、自尊感情のグループごとの比較を行っています。自尊感情とは、簡単に言うと「自分のことを価値があると思う」ことで、自分が嫌いという気持ちとは、ほぼ正反対の概念のものです。群比較の結果、アイデンティティ達成群は、他の群に比べて有意に高い結果を示しました。
棒グラフにて、自尊感情の高さが示されています。グラフが高く、値が大きいほど、自己嫌悪が少なく健康的であることを示しています。この結果からアイデンティティの確立と自分が嫌いという気持ちには密接な関係があると言えます。
では、アイデンティティはどのように確立する方法はどのようなものがあるのでしょうか?今回は私のカウンセリングの事例をご紹介します。
自分らしさを確立した原田さんの事例
ある日カウンセリングルームに、原田さん(仮名)という方が訪れました。20代の男性で、大学卒業を控えていたものの、内定がもらえないという状況でカウンセリングに来室されました。原田さんは、何社からも不合格を告げられ、自分が嫌いという気持ちがかなり強くなっているようでした。
「自分は無能だ」
「自分だけ就職できていない」
「自分が嫌いでやる気が出ない」
としきりにお話しされていました。すごく落ち込まれていて、私も最初はただただ話しを聞くことしかできませんでした。
話を聞いていくと、自己嫌悪感の原因は、
・周りと比較して自分を見えていない
・やりたい仕事がわからない
・短所にばかり目が行きがち
これらの3つが大きいと考えました。つまりアイデンティティの拡散の問題です。原田さんには、原田さんなりの人生があります。周りに流されるのではなく、原田さんなり生き方や価値観を見つけた方が今後のご自身の生活も送りやすいのではないかと私は思いました。
原田さんには、アイデンティティを形成してもらうことをテーマに、カウンセリングを進めていきました。
具体的には、これまでの人生を振り返り、ご自身なりの価値観を見つけてもらうことを目標しました。コラム1でお話しした通り、自分自身の振り返ることで自分を深く知ることができます。いくつかの質問をしながらカウンセリングを進めていきました。少しづつ原田さんは、
「会社の規模や安定性ばかりにとらわれていた」
と話し始めました。さらに、これまで嬉しかったことを振り返ると、
「何かを作り上げると、喜びを感じる」
「お菓子が好きで、幸せを感じる」
といったように自分の価値観が見えてきたようでした。その後、原田さんは洋菓子の職人さんとなって働いておられます。仕事にやりがいを感じ、毎日充実した生活を送られているようです。原田さんのように、自分だけの価値観や生き方を持つことで、周りに左右されず自分が嫌いという感覚も和らいでしていくことでしょう。
*アイデンティティの形成は、長期的な課題でカウンセリングだけでは不十分なこともあります。今回は成功事例をお伝えしました
アイデンティティ形成に挑戦!
それでは、みなさんも練習問題に取り組んでみましょう。ここからみなさんにアイデンティティ形成のために、いくつか質問をします。これは私が原田さんにご質問したものの一部です。みなさんも考えてみてください。参考に原田さんの答えも載せておきますね。
質問①
これまでの人生で「幸せや充実感」を感じたことはどんなことでしょうか?「幼少期」「学生の時」「最近」と時期を分けて考えてみましょう。
幼少期
→
学生の時
→
最近
→
解答例(原田さんの場合)
幼少期
→夏休みの自由工作で優秀賞を取った、お菓子を食べている時
学生の時
→野球部でバッティングだけは得意だった。あまりうまくなかったが、練習して試合に出ることができた。文化祭でみんなと一緒に出し物を企画し、作り上げたこと。
最近
→自分の作った料理「美味しかった」と喜んで食べてもらえること
質問②
いままでの人生で、自分を褒められることはどんなことでしょうか?「幼少期」「学生の時」「最近」と時期を分けて考えてみましょう。
幼少期
→
学生の時
→
最近
→
解答例(原田さんの場合)
幼少時
→母親の料理を手伝っていたこと。お菓子を作ったらお父さんが喜んでくれた。
学生の時
→毎日練習を続けたこと・大学受験も努力の積み重ねで合格したこと
最近
→アルバイト先で、新メニュー案が通ったこと
質問③
①と②で挙げていただいた体験を、将来につなげるためにはどうしたら良いでしょうか?
・
・
・
解答例(原田さんの場合)
・お菓子に関わる職業につけばよいのではないか
・自分のお菓子で誰かが喜ぶと考えるとわくわくする
・食べ物が身近に感じられるといいなと思う
自分が嫌いなら「アイデンティティ」を確立
今回は、アイデンティティの確立についてご説明してきました。いかがでしたでしょうか。自分だけ価値観や生き方を持つことは、アイデンティティが確率されるなかでとても重要な部分を占めます。
今回の原田さんのように、周りの目を気にせず・周りの価値観に左右されずに「自分らしい」生き方ができるようになると自分が嫌いという感覚も減っていくでしょう。
次回は、自己嫌悪の原因の3つ目「周りのサポートがない」の対処法をご紹介します。
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コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科修士
- 社会心理学会会員
取材執筆活動など
- AERA 「飲み会での会話術」
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
- TOKYOガルリ テレビ東京出演
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*出典・参考文献
大学生の自己分析―いまだ見えぬアイデンティティに突然気づくために ナカニシヤ出版 宮下一博・杉村和美(2008)
ライフストーリー・レビュー入門:過去に光を当てる、ナラティヴ・アプローチの新しい方法 創元社 高松里(2015)
プレステップキャリアデザイン (プレステップシリーズ11) 弘文堂 岩井洋・奥村怜香・元根朋美(2017)
多次元アイデンティティ発達尺度(DID)によるアイデンティティ発達の検討と類型化の試み 85(6) 549-559 心理学研究 中間玲子・杉村和美・畑野快・溝上慎一・都築学(2015)
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