コーチングとは?意味や歴史、ティーチングとの違いを解説
皆さんこんにちは。こちらのコミュニケーション講座を開催している公認心理師の川島達史です。今回のテーマは「コーチング」です。
部下がなかなか自分で考えて動いてくれない
部下の指示待ちの姿勢を変えたい…
こんな悩みを抱えている方は多いのではないでしょうか。またコーチングが良いと聞くけれど、イマイチやり方がわからないと疑問に感じている方もいらっしゃるでしょう。
本記事では、コーチングの意味と歴史、技法について詳しく解説していきます。目次は以下の通りです。
①コーチングとは何か
②コーチングの歴史
③コーチングを学ぶ意義
④コーチングとティーチングの違い
⑤コーチングの技法
⑥コーチングの実践手順
⑦コーチングの活用場面
⑧コーチングの注意点
ぜひコーチングを学んで、自分自身や周りの人の可能性を最大限に引き出すきっかけを掴んでください。
コーチングとは何か
コーチングとは、対話を通じて相手の目標達成を支援するコミュニケーション技術です。ここでは、コーチングの基本的な意味と語源について説明します。
コーチングの定義
コーチングとは、対話を重ねることで相手が自ら答えを見つけ、行動を起こせるように支援する方法です。国際コーチング連盟では
思考を刺激し続ける創造的なプロセスを通して、クライアントが自身の可能性を最大化させるように、コーチとクライアントのパートナー関係を築くこと
と定義しています[1]。
コーチングの最も大切な考え方は「答えはその人の中にある」という原則です。コーチは答えを教えるのではなく、質問や傾聴を通じて、相手が自分自身で答えを見つけるのを手伝います。
この過程で、相手は主体的に考え、自発的に行動する力を身につけていきます。
語源と由来
コーチという言葉は、もともと馬車を意味する言葉から来ています。中世ヨーロッパのハンガリーにコチ(Kocs)という町があり、ここで作られた大型馬車が「コチ・セケール」と呼ばれていました[2]。
この馬車はヨーロッパ中に広がり、やがて馬車そのものを「コーチ」と呼ぶようになりました。
馬車は乗っている人を目的地まで送り届ける役割を持っています。この考え方が教育の世界に応用され、1830年には、オックスフォード大学の学生たちが家庭教師を「コーチ」と呼ぶようになりました。
その後、1861年にはイギリスでスポーツのトレーナーもコーチと呼ばれるようになり、現在のコーチングの原型が作られていきました。
コーチングの歴史
コーチングは長い歴史の中で発展してきました。ここでは、現代のコーチングを作り上げた人物や組織について説明します。
トマス・レナード
現代のコーチングの基礎を築いた最も重要な人物がトマス・レナード(1955-2003)です。
レナードは「パーソナルコーチングの父」と呼ばれ、コーチングの発展に最も貢献した人物として評価されています[3]。
もともとファイナンシャルプランナーだったレナードは、顧客の相談を受けるうちに、人々が求めているのは金銭面のアドバイスだけではなく、人生全体を豊かにするサポートだと気づきました。
そこで1988年に「デザイン・ユア・ライフ」というコースを開始し、人間の潜在能力を最大限に引き出すことを重視した現在につながるコーチングの形を提示しました。
主要な組織の誕生
レナードは1992年にコーチU(Coach University)という世界最古のコーチ養成機関を設立しました。この組織を通じて、多くのプロフェッショナルコーチが育成され、コーチングが体系的な学問として発展していきました。
さらに1994年には、国際コーチ連盟(ICF: International Coach Federation)を設立しました。この組織は現在も世界最大のコーチの非営利団体として、コーチの専門性を担保するための倫理規定や能力水準を定めています。
画像出典:https://coachingfederation.org/
レナードは2003年に47歳で亡くなりましたが、彼が作り上げた組織や理念は現在も世界中で受け継がれています。
日本での広がり
日本でコーチングが注目され始めたのは1990年代後半からです[3]。1997年には日本におけるコーチ育成機関の草分けとなるコーチ・トゥエンティワンが設立されました。その後、コーチ・エィやCTIジャパンなど、複数のコーチ養成機関が設立され、日本独自のコーチング文化が発展していきました。
当初はスポーツの世界で使われていたコーチングですが、1950年代以降ビジネスマネジメントの世界でも活用されるようになりました。
日本では特にビジネス領域での活用が進み、現在では管理職の育成や1on1ミーティングなど、組織の人材開発手法として広く取り入れられています。
コーチングを学ぶ意義
コーチングを学ぶことは、個人の成長、組織への貢献、キャリア形成において多くの効果をもたらします。ここでは、科学的な研究に基づいてコーチングを学ぶ意義を説明します。
個人の成長促進
コーチングは個人の心理的な健康と成長に大きな効果があることが、複数の研究で明らかになっています。
Theeboom博士らが2014年に実施した組織コーチングのメタ分析(複数の研究結果をまとめて分析する方法)では、コーチングが幸福感を意味するウェルビーイングに中程度~大きな効果を示すことが確認されました[4]。
特に目標志向的な自己調整、つまり自分で目標を設定して達成に向かう力においては、効果量g=0.74と高い数値を記録しています。
また、日本での研究では、浜田博士ら(2013)は大学生・大学院生を対象に調査を行い、コーチングを受けた人は活気が高まり、疲労感や緊張・不安が軽減されることを報告しています[5]。
組織への貢献
コーチングは組織のパフォーマンス向上にも大きく貢献することが実証されています。Jones博士ら(2016)が行ったメタ分析では、職場でのコーチングが学習成果やパフォーマンスに対して全体的に効果量d=0.36のポジティブな効果を持つことが明らかになりました[6]。
特に個人レベルの成果においては効果量d=1.24と非常に高い数値を示しており、組織における個人の成長が組織全体の成果につながることを示唆しています。
また、国際コーチング連盟(2009)が実施した調査では、86%の企業がコーチングへの投資を回収できたと報告しており、組織レベルでの効果が実証されています[7]。
キャリア形成
コーチングスキルの習得は、専門性の確立と多様な分野での活躍につながります。Nicolau博士らが2023年に行った研究では、エグゼクティブコーチングが行動、態度、個人特性に広範囲な効果を持つことが示されました[8]。特にリーダーシップの自己効力感(自分にはできるという自信)において大きな効果が確認されています。
コーチングはビジネス領域だけでなく、スポーツ、医療、教育など多様な分野で応用されています。この汎用性の高さは、コーチングスキルを習得することで、キャリアの選択肢が大きく広がることを意味します。
Passmore博士ら(2020)の報告によれば、過去10年間でコーチの数は3倍以上に増加しており、コーチング専門家への需要が急速に高まっています[9]。
コーチングとティーチングの違い
コーチングとティーチングは、どちらも人を育てる方法ですが、アプローチが大きく異なります。ここでは、両者の違いと使い分けについて説明します。
基本的な違い
コーチングとティーチングの最も大きな違いは、答えを誰が持っているかという考え方です。
コーチングでは「答えは相手の中にある」という原則に基づき、質問や傾聴を通じて相手が自分で答えを見つけるのを支援します。一方、ティーチングでは指導者が答えや知識を持っており、それを相手に教えることが目的です。
また、コーチングでは対等な関係性を重視し、双方向のコミュニケーションを大切にします。ティーチングでは教師と生徒、上司と部下のような上下関係があり、一方向のコミュニケーションになりがちです。
この関係性の違いが、学ぶ側の主体性や自発性に大きな影響を与えます。
それぞれのメリット・デメリット
コーチングのメリットは、相手の自主性や問題解決能力を育てられることです。自分で考えて答えを出すため、学びが深く、長期的な成長につながります。一方、デメリットは時間がかかることや、コーチのスキルによって効果が変わることです。
ティーチングのメリットは、短時間で多くの人に同じ知識を効率よく伝えられることです。一方、デメリットは受け身の姿勢になりやすく、応用力が育ちにくいことです。状況に応じて適切に使い分けることで、それぞれの長所を活かした人材育成が可能になります。
それぞれのメリット・デメリットを表にすると以下のようになります。
コーチングの技法
コーチングを実践するためには、いくつかの基本的なスキルが必要です。ここでは、コーチングの主要な技法について説明します。
傾聴のスキル
傾聴とは、相手の話に深く耳を傾けることです。ただ聞くだけでなく、相手の感情や価値観まで理解しようとする姿勢が大切です。コーチングでは、7割から9割は相手が話している状態が理想的だと言われています。
傾聴では、言葉だけでなく、表情、声のトーン、沈黙なども含めて全身で聴くことが重要です。相手の言葉を繰り返したり、要約したりすることで、相手は自分の考えを整理でき、新たな気づきが生まれます。
傾聴スキルについて詳しく知りたい方は以下の参照ください。
質問のスキル
コーチングにおける質問は、情報を集めるためではなく、相手に新たな気づきを与えるために使います。「なぜ」ではなく「何が」「どのように」といったオープンクエスチョン(自由に答えられる質問)を使うことで、相手の思考を広げることができます。
質問によって視点を変えることで、相手は今まで見えていなかった可能性に気づきます。たとえば「もし制約がなかったら、何をしたいですか?」といった質問は、相手の創造性を引き出し、自発的な行動につながります。
オープンクエスチョンについて深く知りたい方は以下を参照ください。
承認のスキル
承認とは、相手の存在や行動、成長を認めることです。結果だけでなく、努力のプロセスや小さな変化にも注目し、それを言葉にして伝えます。「よく頑張りましたね」といった評価ではなく、「あなたはこういう強みがありますね」という存在そのものを認める言葉が効果的です。
承認を受けることで、人は自分の価値を実感し、モチベーションが高まります。また、自己効力感(自分にはできるという感覚)が向上し、新しい挑戦に前向きになれます。承認は信頼関係を深める上でも重要なスキルです。
無条件の承認について深く知りたい方は以下を参照ください。
フィードバック
フィードバックとは、相手の行動や状況を客観的に伝え、新たな視点を提供することです。評価や批判ではなく、「私にはこう見えました」という形で伝えることで、相手は自分を客観的に見つめ直すことができます。
効果的なフィードバックは、具体的で観察可能な事実に基づいています。「あなたはダメです」ではなく、「会議で3回発言していましたが、その後は黙っていましたね」といった具体的な描写が、相手の気づきを促します。
フィードバックについて深く知りたい方は以下を参照ください。
リクエスト
リクエストとは、相手に具体的な行動を提案し、背中を押すことです。「○○してみませんか?」という形で提案することで、相手が新しい一歩を踏み出すきっかけを作ります。ただし、強制ではなく、あくまで選択肢の一つとして提示することが大切です。
適切なタイミングでのリクエストは、相手を大きく飛躍させる力を持っています。相手が少し勇気を出せば達成できそうな、ちょうど良い難易度の行動を提案することで、成長を加速させることができます。
コーチングの実践手順
コーチングを実際に行う際には、段階を踏んで進めることが大切です。ここでは、コーチングの基本的な実践手順について説明します。
①信頼関係の構築
コーチングを始める前に、まず相手との信頼関係を築くことが最も重要です。これをラポール形成と呼びます。相手が安心して本音を話せる環境を作ることで、コーチングの効果が大きく高まります。
信頼関係を築くためには、相手の話を批判せずに受け止め、秘密を守ることが大切です。また、コーチと相手は対等な関係であることを意識し、上から目線にならないよう注意します。最初の段階で十分な時間をかけて関係性を作ることが、その後のコーチングの成否を決めます。
②アセスメント
次に、相手の現在の状況を理解します。これをアセスメントと呼びます。相手が今どんな課題を抱えているのか、どんな強みを持っているのかを、対話を通じて明らかにしていきます。
この段階では、相手の価値観や大切にしていることも理解することが重要です。表面的な課題だけでなく、その背景にある想いや信念を知ることで、より深いコーチングができます。相手自身も気づいていない可能性や強みを発見することも、この段階の大切な役割です。
③目標設定
現状が明確になったら、次は目標を設定します。相手が本当に達成したいことは何か、どんな状態になりたいのかを一緒に考えます。目標は具体的で、測定可能で、達成可能なものにすることが大切です。
目標設定では、相手が主体的に決めることが重要です。コーチが決めた目標ではなく、相手自身が「これを達成したい」と思える目標を立てることで、モチベーションが維持されます。また、大きな目標を小さなステップに分けることで、達成しやすくなります。
④定期セッション
目標が決まったら、定期的にセッション(面談)を行いながら、目標達成に向けて支援を続けます。進捗状況を確認し、うまくいっていることや課題を一緒に振り返ります。
この段階では、相手を励まし、小さな成功を承認することが大切です。また、計画通りに進まなくても、その経験から何を学べるかを一緒に考えます。最終的には、コーチングが終わった後も、相手が自分で考え行動できるようになることが目標です。
コーチングの活用場面
コーチングは様々な場面で活用されています。ここでは、代表的な活用場面について説明します。
ビジネス領域
ビジネスの世界では、管理職の育成やリーダーシップ開発にコーチングが広く活用されています。部下を持つマネージャーがコーチングスキルを身につけることで、チームメンバーの主体性を引き出し、組織全体のパフォーマンスを向上させることができます。
また、キャリア形成の支援にもコーチングが使われています。社員が自分のキャリアについて考え、次のステップを見つけるサポートをすることで、組織の人材育成と個人の成長の両方を実現できます。
スポーツ領域
スポーツの分野では、アスリートの能力開発とメンタル面のサポートにコーチングが活用されています。技術的な指導だけでなく、選手が自分で考え、判断する力を育てることで、試合での対応力が向上します。
また、メンタルコーチングによって、プレッシャーへの対処方法や目標達成へのモチベーション維持をサポートします。選手が自分の強みを理解し、最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、心理面からもアプローチします。
医療・福祉領域
医療や福祉の分野でも、コーチングが活用されています。特にADHD(注意欠陥・多動性障害)を持つ人々へのADHDコーチングは、1994年にハロウェルとレイティによって提唱され、時間管理や計画立案、目標設定のサポートに効果を上げています[2]。
また、生活習慣の改善や、慢性疾患を持つ人の自己管理能力向上にもコーチングが使われています。医療者が指示するだけでなく、患者自身が主体的に健康管理に取り組めるよう支援することで、より良い治療効果が期待できます。
コーチングの注意点
コーチングには多くの効果がある一方で、いくつか注意すべき点もあります。
資格や専門性が不透明
コーチの資格や専門性については、現在統一された基準が存在しないという課題があります[2]。誰でも自称コーチとなることができるため、質の保証が難しい状況です。また、短期間の研修だけで認定される場合もあり、十分な訓練を受けていないコーチも存在します。
商業化への問題
コーチングの商業化も問題視されています。資格商法として短期間の訓練で高額な認定料を取る団体もあり、本来の目的や効果を追求する姿勢が欠如しているケースもあります。
連邦取引委員会(FTC)は2013年1月に悪質な事業者の社名や経営者名を公表し、注意喚起した事例もあります[9]。さらに、2022年8月にはコーチング全般にわたる注意喚起を再度行いました[10]。
コーチングを学ぶ際は、国際コーチング連盟(ICF)などの信頼できる組織が認定したプログラムを選び、実績のあるコーチ養成機関で学ぶことが大切です。
まとめ
コーチングは、対話を通じて相手の可能性を引き出し、目標達成を支援する強力なコミュニケーション技術です。科学的な研究によって、個人の成長、組織のパフォーマンス向上、キャリア形成に確実な効果があることが実証されています。
「部下がなかなか成長しない」「チームの主体性を高めたい」「自分自身の可能性をもっと引き出したい」そんな悩みを抱えている方は、ぜひコーチングを学んでみてください。傾聴、質問、承認、フィードバック、リクエストという基本スキルを身につけることで、あなた自身も、周りの人も、大きく変わることができます。
講座のお知らせ
コーチングに関する学びを深めたい方、トレーニングをしたい方は、公認心理師主催の講座をおすすめしています。内容は以下の通りです。
・初学者向けコーチングトレーニング
・人を育てる,傾聴スキル練習
・支援の力をつける,共感トレーニング
・やる気を引き出す,フロー心理学
🔰体験受講🔰に興味がある方は下記の看板をクリックください。社会人基礎講座の中にコーチング講座があります。是非お待ちしています。
コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→

名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発

名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
出典