アイデンティティ拡散とは?原因とサイン,乗り越え方を公認心理師が解説
当コラムでは、アイデンティティの確立をテーマに解説しています。
①アイデンティティを確立する方法
②ライフチャート法
③アイデンティティ拡散とは
④エリクソンの心理社会的発達理論とは
皆さんこんにちは。コミュニケーション教室を開催している公認心理師の川島達史です。当コラムは下記にあてはまる方におすすめです。
・自分が何をしたいのか分からない
・人からどう見られるかで自分の言動が変わってしまう
・「本当の自分」がどれか分からなくなる
アイデンティティ拡散とは、「自分とは何者か」という感覚が定まらず、自己喪失に近い状態に陥ることを指します。①のコラムでも簡単に触れましたが、今回はこの「拡散」という状態そのものを掘り下げて解説します。結論から言うと、拡散は決して悪いことばかりではなく、うまく付き合えば人生にとって大切な時間にもなります。
◆全体の目次
①拡散ってどんな状態?
②なぜ起こるのか
③拡散は悪くない
④拡散のセルフチェック
⑤拡散期の5つの過ごし方
⑥カウンセラーの視点から
⑦最後に確認しよう
⑧まとめ・次に読みたい方へ
拡散ってどんな状態?
簡単に言うと、「自分が何者かわからない」「何がしたいのか見えない」という、自分を見失ったような状態のことです。
エリクソンの定義
アイデンティティ拡散は、心理学者エリクソン(1950)[1]が提唱した概念です。エリクソンは、青年期の課題である「アイデンティティ確立」の裏側に、この「拡散」という状態があると考えました。
心理学辞典の定義
心理学辞典(1999)[2]では「自己探求を続ける青年が、多くは一過性的に経験する自己喪失の状態」と定義されています。「クライシス」という少し怖い言葉が使われることもありますが、病気というわけではありません。誰にでも起こりうる、ごく自然な心の状態です。
💡 豆知識:心理学者マーシャは、アイデンティティの状態を「迷った経験があるか」「今の自分に納得しているか」という2つの軸で、「達成」「猶予(モラトリアム)」「早期完了」「拡散」の4タイプに分類しました[3]。今回の「拡散」はこの中の1つで、いわば迷子になったまま立ち止まっている状態と言えます。「猶予」にあたる状態についてはモラトリアムの意味とはもご参照ください。
なぜ起こるのか
起こりやすい場面
アイデンティティ拡散は、生活の中の次のような場面で起こりやすいです。
・進路や就職先を決めるとき
・転職や独立など、働き方を変えるとき
・失恋、離婚、大切な人との死別
・海外生活や転勤で、慣れない環境に置かれたとき
「今まで当たり前だと思っていたことが揺らぐ瞬間」に起こりやすい、と考えるとイメージしやすいかもしれません。
何度も形を変えて訪れる
アイデンティティ拡散は、一度きりで終わるものではなく、人生の節目ごとに何度も形を変えて訪れます。エリクソンも当初は青年期特有の課題だと考えていましたが、のちに一生を通じた課題であると考えを改めました。理論的な背景に興味がある方は、エリクソンの心理社会的発達理論とはで詳しく紹介しています。
拡散は悪くない
エリクソンの見方
「拡散している自分はダメだ」と感じる方も多いのですが、実はエリクソン自身、この迷い・模索する時期を悪いものとは考えていませんでした。彼はこの時期を「心理社会的モラトリアム」と呼び、社会からある程度大目に見てもらいながら、色々な生き方や価値観を試せる、いわば公認された準備期間として位置づけていたのです。
早期完了との違い
急いで答えを一つに決めてしまうより、遠回りをしてでも自分でしっかり迷い、納得のいく答えにたどり着く方が、結果的に安定した自分の軸につながりやすいと考えられています。実際、十分に迷わないまま「これが自分だ」と早々に思い込んでしまうタイプ(マーシャの言う「早期完了」)は、一見安定して見えても、後になって「本当はこれでよかったのか」と揺らぎやすいという指摘もあります。つまり、今まさに拡散している時期は、「足りない状態」ではなく「これから自分の答えを作っていく、大事な準備期間」と捉え直すこともできるのです。
拡散のセルフチェック
以下の5つのうち、いくつ当てはまるか数えてみてください。
□ 自分が何を大事にしたいのか分からない
□ 場面によって「本当の自分」が変わっているように感じる
□ 将来の見通しが立たず、なんとなく不安が続く
□ 人からの評価に一喜一憂してしまう
□ 「自分が嫌いだ」と感じることが多い
【目安】
・0〜1個:拡散の傾向はあまり見られません。今の状態を保ちつつ、たまに自分と向き合う時間を持てると良いでしょう
・2〜3個:拡散の傾向がやや見られます。焦る必要はありませんが、次の「5つの過ごし方」を意識してみてください
・4〜5個:拡散の傾向が強く出ています。次の「5つの過ごし方」から、できそうなものを試してみてください
※このチェックは医療的な診断を行うものではありません。あくまで自己理解のための参考程度にご利用ください。
拡散期の5つの過ごし方
①日記を書く
言葉にしてみると、頭の中でぐるぐるしていたものが、少しずつ整理されてきます。おすすめは「自分観察日記(感情の記録)」です。評価や批判を挟まず、その日感じたモヤモヤや嬉しかったことをそのままノートに書き出してみましょう。客観的に自分の感情のパターンを眺めることで、少しずつ心の輪郭が見えてきます。「自分が嫌いだ」という感覚が強く出た方は、自分が嫌いでたまらない方へ,改善する6つの方法も参考になります。
②「好き」を意識する
「何が楽しいか」「何をしているときに幸せを感じるか」の中に、自分らしさのヒントが隠れています。ライフチャート法を使って、過去に充実していた時期の自分を振り返ってみるのもおすすめです。あの時何をしていたか、誰といたか、を思い出すことで、「好き」の輪郭が見えてくることがあります。
③深い本を読む
哲学書など、「生きる意味」そのものを扱った本に触れてみるのも一つの方法です。すぐに答えが見つかるわけではありませんが、同じように「自分とは何か」を考え抜いた先人の思考に触れることで、自分の中の漠然とした感覚に、言葉や輪郭を与えてもらえることがあります。「何のために生きているか分からない」というむなしさが強い場合は、虚無感を解消する方法もあわせてご覧ください。
④意味づけを行う
拡散している時期は、多くの場合、何らかの挫折とつながっています。ただ、その挫折を「なかったこと」にせず、「あの経験があったから今の自分がある」と意味づけができると、気持ちが安定してくることがあります。過去の意味づけの具体的なやり方はライフチャート法で人生の整理をで詳しく解説しています。
⑤長期化したら行動
拡散している状態が長引く場合、「判断材料そのものが不足している」ケースも少なくありません。例えば小学生が「野球選手になりたい」と言うのは、他の職業をまだ知らないからでもあります。同じように、選択肢や経験が少ないと、そもそも何が自分に合うのか判断のしようがないのです。
拡散が長引いていると感じたら、考え続けるだけでなく、思い切って行動に移してみるのも一つの手です。旅に出てみる、興味のある仕事に飛び込んでみるなど、実際に動いてみることで、初めて見えてくる「自分の輪郭」もあります。今の自分の状態をもう少し客観的に知りたい方は、モラトリアム診断やアイデンティティ診断を試してみるのもおすすめです。
なお、拡散による苦しさが長く続き、日常生活に支障が出ている場合は、一人で抱え込まず専門的なサポートを頼ることも大切な選択肢です。心の病気全般について詳しく知りたい方は心の病気と治し方も参考にしてください。
カウンセラーの視点から
差が出るところ
私自身、これまで多くの方の相談を受けてきましたが、拡散の時期をどう過ごすかで、その後の人生に差が出ると感じています。拡散している間、一度落ち込んだり、気持ちが揺らいだりすること自体は、多くの方に共通しています。違いが出るのは、その後の過ごし方です。
確立に向かっていく方は、迷いながらも「自分にとって何が大事なのか」「何のために生きているのか」を、時間をかけて深く考え続けます。すぐに答えが出なくても、考えること自体をやめません。一方で、その状態がなかなか変わらない方の中には、考えること自体から距離を置いてしまうケースもあります。お酒やゲームなど、目の前の刺激に没頭することで一時的に気持ちを紛らわせる方法は、誰にとっても身近で分かりやすい対処法です。ただ、それだけに頼る時間が長くなりすぎると、本来向き合うはずだった問いが置き去りになり、結果として拡散した状態のまま時間だけが過ぎてしまうこともあります。
向き合う時間の意味
自分としっかり向き合うのは、正直なところ簡単なことではありません。ですが、この時期にどれだけ自分の内側と向き合えたかは、後々の人生の納得感に大きく関わってくる、とても大切な時間だと私は思います。心理学者ユングも、人生の前半で大切だったことが、後半には必ずしも当てはまらなくなることがある、という趣旨のことを語っています[4]。今の自分と向き合う時間は、決して無駄にはならないはずです。
最後に確認しよう
専門家と一緒に整理しよう
ここまで読んでいただいたように、アイデンティティ拡散は自分の力だけでも少しずつ整理していくことができます。ただ、一人で向き合い続けるのは、思っている以上にエネルギーが要ることでもあります。
ダイコミュでは、公認心理師による心理学講座で、今回ご紹介したライフチャート法やセルフチェックを、実際に専門家と一緒に、より深く・実践的に取り組むことができます。一人で抱えていた「自分が何者か分からない」という感覚に、客観的な視点から一緒に向き合っていきます。
まずは下記のコミュニケーション教室のページから、お気軽にご覧ください。筆者も講師をしています(^^)
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「そもそもアイデンティティを確立するとはどういうことか」という全体像を知りたい方は、まず①をご覧ください。今回の「拡散」も、この確立プロセスの裏側にある状態として位置づけられます。
拡散を乗り越える具体的な手がかりとして、過去の経験に意味づけをする「ライフチャート法」も役立ちます。文中でも触れた実践ワークを、より詳しく解説しています。
「そもそもなぜ人生にはこんな迷いの時期が訪れるのか」という、もう一段大きな視点から知りたい方には、エリクソンが遺した理論そのものを覗いてみるのもおすすめです。人生をまるごと8つの時期に分けて捉えるこの考え方を知ると、今の自分がどのあたりにいるのか見えてくるはずです。

コラム監修
名前
川島達史
経歴
- 公認心理師
- 精神保健福祉士
- 目白大学大学院心理学研究科 修了
取材執筆活動など
- NHKあさイチ出演
- NHK天才テレビ君出演
- マイナビ出版 「嫌われる覚悟」岡山理科大 入試問題採用
- サンマーク出版「結局どうすればいい感じに雑談できる?」
YouTube→
Twitter→
名前
長田洋和
経歴
- 帝京平成大学大学院臨床心理学研究科 教授
- 東京大学 博士 (保健学) 取得
- 公認心理師
- 臨床心理士
- 精神保健福祉士
取材執筆活動など
- 知的能力障害. 精神科臨床評価マニュアル
- うつ病と予防学的介入プログラム
- 日本版CU特性スクリーニング尺度開発
名前
亀井幹子
経歴
- 臨床心理士
- 公認心理師
- 早稲田大学大学院人間科学研究科 修了
- 精神科クリニック勤務
取材執筆活動など
- メディア・研究活動
- NHK偉人達の健康診断出演
- マインドフルネスと不眠症状の関連
・出典
[1] Erikson.E,H(1950) Childhood and Society. Norton
野栄三郎訳(1955)児童期と社会,日本教文社,
[2] 中島 義明 子安 増生 繁桝 算男 箱田 裕司 安藤 清志(1999)心理学辞典 有斐閣
[3] Marcia, J.E. (1966). Development and validation of ego-identity status. Journal of Personality and Social Psychology, 3(5), 551-558.
[4] Jung, C.G. (1933). Modern Man in Search of a Soul (W.S. Dell & C.F. Baynes, Trans.). Harcourt, Brace and Company.(原論文”Die Lebenswende” 1930年発表)










上記の図でわかるように、

